承久記・明徳記

名称ふりがなじょうきゅうき めいとくき
大分類典籍
員数5冊
材質紙本墨刷
付属品なし
法量まとめ(承久記)縦26.9 横19.3 (明徳記)縦26.7 横19.4
時代江戸
世紀18
時期前期
元号寛永9刊
西暦1632
寄贈・寄託者名和歌山県立博物館
解説 題箋に「三代記 承久記」とあり、本来は承久記・明徳記・応仁記を一括した「三代記」として刊行されたものであることがわかる。このうち、明徳記の奥に「寛永九年壬申季冬吉日刊行、仏光寺下ル西側、河南四郎右衛門」という刊記がある。承久記は、後鳥羽上皇による反鎌倉幕府の策動から、承久の乱を経て、乱後の上皇の配流までを、明徳記は将軍・足利義満が山名氏を滅ぼした明徳2年(1391)の明徳の乱を叙述する。

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