北条家朱印状

資料名(カナ)ホウジョウケシュインジョウ
文書群名小松家文書
年代(和暦、年月日)丁亥(天正15年)7月晦日
解説31.1×41.2㎝。天正15年5月、豊臣秀吉は島津氏を降して九州を平定した。小田原北条氏は豊臣氏との決戦に備え、民衆の動員準備のために名簿作成と提出を命じ、人数の割り当てをおこなった。対象とされたのは、北条氏から知行地を与えられ軍事上の負担をつとめるような家臣ではない、郷村に住む農民や商人・職人たちだった。北条氏は同日付で相模国・武蔵国の郷村にこの文書と同内容の朱印状を出しており、写(うつし)も含め15点確認されている。この文書の宛所「鵜之森」は、現在の神奈川県相模原市南区鵜野森。八王子から小田原や鎌倉方面に通じる道が通っていて、北条氏の防衛上重要な場所である。

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