相州箱根山小田原御城下大地震之図

資料名(カナ)ソウシュウハコネヤマオダワラゴジョウカオオジシンノズ
文書群名冨沢守司家文書目録
年代(和暦、年月日)
解説嘉永6年(1853)2月2日に発生した小田原地震の被害状況を記した刷物と考えられる。右側には鹿島大神宮御哥「ゆるぐともよもやぬけじの要石 かしまの神のあらんかぎりは」と、地震を引き起こす大鯰を要石で押さえる鹿島明神が描かれている。
江戸時代には地中の大鯰が地震を引き起こすと信じられていた。大鯰は通常、鹿島明神に要石で押さえつけられているが、鹿島明神が離れている隙に暴れだし地震が発生する。この俗信をもとに、地震後には鯰絵が大流行した。当初は被災者が鯰を成敗するものや、鯰が鹿島明神に謝罪する絵が中心だった。しかし復興がすすむと復興景気にわく職人たちが鯰に感謝する絵が登場するなど変化が見られる。鯰絵は江戸の庶民の地震への対応をよくあらわしている。

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