崩止山経塚出土資料
資料ID | 3825 |
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分野 | 考古 |
区分 | 実物 |
年代 | 鎌倉時代 |
県名 | 岐阜県 |
市町村名 | 関市 |
出所名又は地名 | 崩止山経塚 |
解説文又は共通解説文 | 平安時代後期には、仏の教えが絶える末法(まっぽう)の世が来るという不安が広がりました。そこで、人々はお経を土中に埋めて仏の教えを残そうとしました。これを経塚といいます。経塚は聖地とされる場所や見晴らしのよい丘の上などに築かれました。岐阜県博物館裏の自然観察のこみち見晴台1でも、お経を収めた容器の破片などが中国産・美濃産の陶磁器などとともに見つかっており、ここに経塚があったということが分かりました。お経を収めた容器は2個体以上あり、経塚も2基以上あったと思われます。筒状の経筒身・蓋、外容器の身・蓋、小杯は美濃須衛型の白瓷系陶器、碗は東濃型の白瓷系陶器、小瓶、子壺、皿は白瓷、平形合子蓋は青白磁です。 |