平岩親吉書状

資料ID268502
資料名(ふりがな)ひらいわちかよししょじょう
分野歴史
年代慶長5年(1600)9月27日
解説文又は共通解説文徳川家康の重臣である平岩親吉が、豊臣五奉行の一人であった浅野長政に出した書状。関ヶ原合戦に関して慶長5年9月27日に出されたものと考えられる。
内容としては、1浅野長政の長男である幸長が岐阜城を攻略した上、郷戸において数多の敵を打ち取ったこと(河渡の戦い)2幸長は9月15日には濃州山中にて多くの敵を打ち取ったこと(関ヶ原の戦い)3親吉は、信濃国上田城に籠る真田昌幸を討つために出馬した徳川秀忠に供奉していたが、家康の指示によって関東に帰陣していたこと、4上杉景勝が布陣していた白川(河)表及び越後筋の状況については別条がないこと5(追而書で)関東にいる采女様(長政三男長重)には変わりがないことが書かれている。関ケ原合戦前後の状況を広範かつ詳細に知ることのできる貴重な書状といえる。

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