鶴澤養琢

作家名(ヨミ)ツルザワ ヨウタク
作家名(英語)TSURUZAWA Yotaku

略歴・解説

江戸時代前期の狩野派の絵師(生没年未詳)。養琢は資料によれば武蔵国の生まれ、姓は長谷川。祖父太兵衛正則は松平伊豆守に留守居役として150石で仕え、父正勝もまたその跡を継いだ。しかし養琢は父の死後病身を理由に浪人、母方の叔父・鶴澤探山のもとで絵を学んだという。そして宝永5年(1708)に第8代福井藩主松平吉品(よしのり)に御用絵師として召し出されたのち、狩野常信の門人となる。さらに9代藩主吉邦(よしくに)にも仕えたことが享保4年(1719)頃の給張から知られるが、詳細な活動については不明である。作品も経歴同様ほとんど確認されておらず、越前松平家伝来の資料(越葵文庫)にある無款の「牡丹図」(吉邦賛)が、箱書から養琢と知れる唯一の例で、ほかに同文庫中の「赤染右衛門図」と「梅鶴・松鶴図」(ともに吉邦賛、無款)が、ともに養琢筆の可能性を指摘されるのみである。

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