狩野勝玉

作家名(ヨミ)かのうしょうぎょく
作家名(英語)Shogyoku KANO
生年月日(西暦)1840
生年月日(和暦)天保11年
没年月日(西暦)1891
没年月日(和暦)明治24年

略歴・解説

狩野勝玉(1840-1891)本名昭信は深川水場狩野家の貞信(梅春)の子。中橋狩野家の門人を経て木挽町狩野家・10代目にして最後の当主、狩野勝川院雅信(1823-1879)に師事した。狩野芳崖(1828-1888)、橋本雅邦(1835-1908)らの兄弟弟子にあたり、芳崖、雅邦、木村立嶽(1827-1890)、と共に勝川院門下四天王と称される。維新後は内務省地理局雇となり、地図や輸出用作品を制作した。明治15年(1882)内国絵画共進会において第6区審査官を務める。また、アーネスト・フェノロサ(1853-1908)主催の鑑画会に参加し、明治18年(1885)の第1回に「参謀本部の図」、「僧正坊」を出品、翌年第2回には「雪中山水」にて賞状を受賞した。明治23年の第3回内国勧業博覧会には淡彩の「山水図」を出品。この時期、京橋区山城町(現在の中央区銀座)に在住していた。公立館所蔵の現存作例として東京国立博物館所蔵「秋景山水図」、ボストン美術館所蔵「玄徳越壇渓図」がある。

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