狩野了之

作家名(ヨミ)カノウリョウシ
作家名(英語)Ryoshi KANO
生年月日(西暦)不詳
没年月日(西暦)1660

略歴・解説

江戸初期の狩野派の絵師。本姓は渡辺、名は九兵衛。剃髪後了之と号し、また破墨斎(はぼくさい)とも称する。狩野派の絵師渡辺了慶(わたなべ りょうけい)の子として生まれる。生年不詳、万治3年(1660)5月18日没。父と共に狩野光信(かのう みつのぶ)の門人となり、後に狩野の姓を許される。寛永15年(1638)、三代福井藩主松平忠昌(まつだいら ただまさ)より、藩の御用絵師として二百石で召し抱えられる。また同じ光信門人である狩野興以の娘を妻とした。現在確認される作品は少なく、「山水図」(福井県立美術館蔵)や「布袋図」(福井市大安禅寺蔵)など、墨画の小品が知られる。了之没後は、了海(りょうかい)-竹雲(ちくうん)-了章(りょうしょう)-了以(りょうい)-了山(りょうざん)-了真(りょうしん)が代々福井藩の御用を勤めた。

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