伝 土佐光信

作家名(ヨミ)トサミツノブ(デン)
作家名(英語)Attributed to Mitsunobu TOSA
生年月日(西暦)不詳
没年月日(西暦)1521頃

略歴・解説

室町時代の土佐派の絵師。生年不詳、大永元年(1521)頃没した。土佐派は室町初期から主に宮廷の画事を務める絵所を拠点として、日本の伝統的絵画様式を継承・保持した画派。文明元年(1469)宮廷の絵所預となり、さらに延徳3年(1491)室町幕府の絵師職も兼ね、明応5年(1496)に刑部大輔、ついで従四位下に叙せられ、土佐派の地位を確立した。絵巻、肖像画、扇面画、仏画、屏風絵と作画は幅広く、中でも肖像画は当時名手と評され、また多くの絵巻作者としてもその名を記録、現存作品中に留める。なお光信は越前とも関係が深く、永正3年(1506)に一条谷三代城主朝倉貞景の依頼により、洛中洛外図の原型とされる「京中図屏風」を描き、また越前に住んた幸若舞の祖桃井直詮の画像(東京国立博物館蔵)を描いている。

この作家の資料一覧[全2件]

件ずつ表示

PageTop