/3
林和靖
| 作品番号 | J-192 |
|---|---|
| 作家 | 木村武山 |
| 制作年(西暦) | 1921~1924年 |
| 制作年(和暦) | 大正10~13年 |
| サイズ | 168.1×369.6cm |
| 技法 | 絹本金地着色 |
| 形状 | 六曲一双屏風 |

| 作家名(ヨミ) | キムラブザン |
|---|---|
| 作家名(英語) | Buzan KIMURA |
| 生年月日(西暦) | 1876 |
| 生年月日(和暦) | 明治09年 |
| 没年月日(西暦) | 1942 |
| 没年月日(和暦) | 昭和17年 |
| 略歴・解説 | 日本画家。本名信太郎。明治9年(1876)7月13日茨城県笠間に生まれる。昭和17年(1942)11月29日東京で没、66歳。初め地元の南画家桜井華陵に師事し、明治23年(90)上京し日本画家川端玉章門下となる。翌年東京美術学校に入学、29年(96)卒業後、天心率いる日本絵画協会に参加。また31年(98)日本美術院創立に副員として参加、同年の第5回日本絵画協会共進会で「野辺」が銅牌八席、続いて「桜狩」(10回展)「熊野」(12回展)ほかが銅賞受賞となる。39年(06)日本美術院五浦移転に際し、大観、春草、観山らとともに移転。翌年の第1回文展「阿房劫火」が三等賞、41年(08)の国画玉成会に「祇王祇女」を出品、第4回文展「孔雀王」は再び三等賞となった。大正3年(14)の日本美術院再興以降は経営者同人として参加、同年再興第1回展に「小春」を出品した。色彩感覚に優れ、写実的な描写力で花鳥画や歴史画を得意としたが、晩年は仏画を多く描いた。 |