| 略歴・解説 | 洋画家。1910(明治43)年3月20日福井市生まれ。1979(昭和54)年5月27日福井市館町(現在の足羽1丁目付近)にて没。息子:松崎鐘美(洋画家)。生家は古美術商「新古堂」を営んでおり、幼少より美術に親しむ。1929(昭和4)年早稲田実業を卒業。1930(昭和5)年帰福し県織物同業組合に勤めるが、同僚に北荘画会会員で1930年協会にも参加していた画家・横山千勝(ちかつ)がおり、その影響から北荘画会と交流しつつ油画を始める。1932(昭和7)年荒島岳を描いた「風景」にて第2回独立美術協会展に初入選、翌年の第3回展に「窓のある部屋」が連続入選。以後、戦前・戦後を通じて独立展に出品を続け、田中左一郎、須田国太郎らの指導を受ける。1943(昭和18)年第13回独立展で「禿鷲」「禿鷲の一族」にて独立賞受賞。戦後間もない1947(昭和22)年には冨田惣七、玉村晋一とともに福井市に展覧会場「美術館」を共同で建設。1952(昭和27)年独立美術協会会員。独自の表現を求め具象から抽象まで作風を次々と変えたが、1960年代の白い絵具層を引っかいて地塗の黒を描線として浮かび上がらせるシリーズ、1970年代の人間像をユーモラスにデフォルメした羅(裸)漢シリーズが広く知られる。福井県における戦後の洋画の振興にも貢献し、数多くの展覧会や美術グループを組織した。 |