静清
| 作品番号 | J-119 |
|---|---|
| 作家 | 下村観山 |
| 制作年(西暦) | 1923~1924 |
| 制作年(和暦) | 大正12~13年 |
| サイズ | 128×50cm |
| 技法 | 絹本着色 |
| 作品解説 | 観山が大正4年頃に制作した「達磨」に酷似する作風であるが、落款等から比較すると、大正12、3年頃の制作と類推することができる。「達磨」に見られるように、本作も岩窟の中で面壁苦行を続ける達磨の像容そのものに静清と呼ばれる東洋的な気の世界を図化しているのであろう。技法的にも画面を立てて描き、絵具を自然に垂らす効果を試みている。 |

| 作品番号 | J-119 |
|---|---|
| 作家 | 下村観山 |
| 制作年(西暦) | 1923~1924 |
| 制作年(和暦) | 大正12~13年 |
| サイズ | 128×50cm |
| 技法 | 絹本着色 |
| 作品解説 | 観山が大正4年頃に制作した「達磨」に酷似する作風であるが、落款等から比較すると、大正12、3年頃の制作と類推することができる。「達磨」に見られるように、本作も岩窟の中で面壁苦行を続ける達磨の像容そのものに静清と呼ばれる東洋的な気の世界を図化しているのであろう。技法的にも画面を立てて描き、絵具を自然に垂らす効果を試みている。 |
| 作家名(ヨミ) | シモムラカンザン |
|---|---|
| 作家名(英語) | Kanzan SHIMOMURA |
| 生年月日(西暦) | 1873 |
| 生年月日(和暦) | 明治06年 |
| 没年月日(西暦) | 1930 |
| 没年月日(和暦) | 昭和05年 |
| 略歴・解説 | 日本画家。本名晴三郎。明治6年(1873)4月10日和歌山市生まれ。昭和5年(30)5月10日横浜市にて没、57歳。明治15年(1882)年頃より狩野芳崖に師事、ついで19年(86)橋本雅邦に入門。3年後に束京美術学校第1期生として横山大観らとともに入学。27年(94)卒業と同時に同校助教授となるが、31年(98)の美術学校騒動で天心にしたがい辞職、日本美術院創立に参加した。以後絵画共進会で5回展「闍維」、9回展「大原の露」など毎回力作を出品、受賞を重ねた。またこの頃大観、春草らと朦朧体を試みる。35年から38年(1903~05)にかけて渡英、西洋古典絵画の名作に学ぶ。一方文展では1回展「木の間の秋」、4回展「魔障」などを出品。天心没後の翌大正3年(14)には大観らと日本美術院を再興、1回展に「白狐」2回展「弱法師」などを発表、以後同展を中心に活躍した。写実的描写と琳派などやまと絵表現を融合させた装飾的な作風で、多くの優作を描いた。 |