項羽と劉邦

作者河野通勢
ArtistKONO Michisei
TitleXiang Yu and Liu Bang
制作時期大正10年(1921)頃
技法・材質紙、墨
サイズ25.1cm×33.8cm
取得方法購入
取得年度平成11年度
所蔵品目録番号0347
作品解説豪華な閣上の大広間、その正面の壇上に、今まさに咸陽に入り覇権を握らんとする大王・項羽と愛妻・虞美人が並んでいます。右の卓には諸将や各国の使者が並び、項羽の覇業を祝う宴の最中。何とかこの場で劉邦を亡き者にしようとする范増らのたくらみを知りながら、劉邦は左の卓に座り、何食わぬ顔で酒の杯を受けています。世に知られた「鴻門の宴」の場面です。
 長与善郎が戯曲「項羽と劉邦」を『白樺』誌上に発表したのは、大正5年(1916)のことでした。この物語は武の権化項羽と徳の人劉邦の戦国物でありながら、虞姫や呂后、そして男装の少女殷桃娘といった女性たちの耽美的な独白を交え、大正期の文学らしい艶やかさを備えています。(のちに宝塚歌劇「虞美人」の原作ともなりました。)河野通勢はこれを読んで刺激を受け、改版本の出版にあたって挿絵33点と装幀を手がけました。本作はその挿絵原画のうちの1点です。
 項羽が剣で背景の幔幕を引き上げると、そこからは炎を立てて燃え盛る阿房宮が見え、火事に巻き込まれ逃げ惑う人々の叫び声が室内に聞こえてきます。その声をかき消そうと、左上の楽隊は更に音高く祝いの曲を奏でます。殺気と凶気のうずまく中粛々と執り行われる宴の様を、河野はその執拗なまでの細密描写で描き切っています。わずかB4サイズ程の紙は精緻な線でびっしりと埋め尽くされ、その中に白く残された人物の姿が浮かび上がります。それは画面を舞台に見立てて背景を描き、その中に役者を配していく演出家の仕事を見るかのようです。
 長与はこれらの挿絵にいたく感激し、次のように述べています。「此本の画は勿論挿し画ではない。独立した立派な画集である。此本は自分の文と、河野君の画との合著であり、合唱である。」大正期盛んに行われた文学と絵画の交響の様を、この一枚の挿絵からも見ることができます。
(小林真結「所蔵品から」『府中市美術館だより』第37号、2013年2月、府中市美術館)

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