赤い壁と人

作者麻生三郎
ArtistASO Saburo
TitleRed Wall and Figure
制作時期昭和37年(1962)
技法・材質キャンバス、油彩
サイズ53.0cm×45.7cm
署名等画面上:1962 ASO
取得方法購入
取得年度平成8年度
コレクション名河野コレクション
所蔵品目録番号0030
作品解説絵の具をナイフで塗りつけ、ときに引っかいて描く。画布そのものが壁のように硬質な印象を与える。裸婦と思われる人物は直立してこちら側を凝視しているが、壁に付着した染みのようで自然な立体感を欠いており、感情をその顔から読みとることも困難である。この不穏な人影は、壁に埋没しては浮かび上がり、壁との微妙な拮抗のなかに自己の存在を主張しているかのようである。
 麻生三郎は、戦前にイタリア・ルネサンス風の肖像画を描いていたが、戦後は重厚なマチエールによる心象的な人物像へと進んだ。太平洋戦争のさなか、井上長三郎、松本竣介、寺田政明らと新人画会を結成し、画家として戦争協力に否定的な態度をつらぬいた。空襲で作品を焼失し、戦争の辛苦を味わったが、その後たびたびあらわれる赤い色には、戦火の記憶、人問の狂気が暗示されている。
 戦後は自由美術家協会に加わり、家族をテーマにした親密な肖像を発表するが、やがて立体と平面の関係の問題を探究し、絵画の平面性をつよめて人物をいっそう変形させていった。美しいモデルも、麻生の手にかかると、骸骨のような線の束へと解体されてしまう。現実空間との対決を絵画のリアリティとして探究した一つの帰結である。この作品もまた、画家とモデルと壁の微妙な緊迫感に満ちている。
 極度に抽象化された造形の裏には、時代への鋭い感性をもちつづけた画家の人間存在 への深い眼差しがあった。画家はこの頃の仕事をふりかえって、「これらは抑圧されたものとそしてそのきしみであった」と後に述べている。戦後も激動を続ける社会の中にあって、作者は壁を背景にゆらぐ人間像に、岐路に立つ人類の姿を重ねていたかに思われる。
 麻生は、武蔵野美術大学で教壇に立ち、後進に与えた影響も大きかった。
(武居利史「作品解説」『府中市美術館所蔵作品50選』2000年、府中市美術館)

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