少女(都市)

作者吉井忠
ArtistYOSHII Tadashi
TitleGirl
制作時期昭和16年(1941)
技法・材質キャンバス、油彩
サイズ54.5cm×45.7cm
署名等画面右下:T.YOSHII.-41
取得方法購入
取得年度平成7年度
コレクション名河野コレクション
所蔵品目録番号0269
作品解説暗がりの中からこちら側を見つめる一人の女性。黒い髪と黒っぽい色をした服が背景に溶け込んでいます。キリリとした眉と黒い瞳が印象的です。生彩を放つ白い肌。永遠に時間が静止したかのようです。暗闇から光を浴びて浮かび上がる構図は、バロック時代の肖像画のように古典的な気品に満ちています。けれども、その眼差しはどこか物悲しさを帯びているようにもみえます。
 吉井忠(1908-1999)は、福島県出身で東京の太平洋美術研究所に学び、渡欧した経験をもちます。帰国後、当時の豊島区長崎町にアトリエをかまえました。今日いう「池袋モンパルナス」の作家の一人に数えられます。生涯、平凡でありながらも象徴的な数多くの女性像を多く描きましたが、この作品では、人物を様式化することなく、一人の女性を写実的に生きたままにとらえています。
 この作品は昭和16年(1941)12月の第2回美術文化小品展に《少女》という題名で出品されたものと思われますが、裏面に「都市」の文字が書き添えられています。その意味は明らかではありませんが、モデルとなった女性が現代的感覚をもった人物であったこと、同時期に友人の松本竣介が女性を描いた《都会》という作品を発表していたことなどとも、関係があるのかもしれません。
 モデルは、女優の薄田つま子です。新劇俳優として有名な薄田研二の娘で、当時19歳でした。劇作家の秋田雨雀をして「愛すべき永遠の処女」と語らしめた、心身ともに清らかな美しさをもった女性だったそうです。吉井よりも14歳ほど年下だった若い娘の「微妙な表情のカゲ」をなかなかうまくとらえられないと、その制作の苦労を日記に書き残しています。
 完成したのは真珠湾攻撃の直後で、まさに太平洋戦争開戦前夜に描かれた作品です。何もない背景に、戦争の闇が暗示されているかにみえますが、それは恐らく時代に対する画家の鋭い直観によるものでしょう。薄田つま子は、終戦後十年目に、その一途な性格ゆえか、恋した男性との結婚を否定されたことを苦に自殺しました。戦争と女性の悲劇的な結末をも予感させる本作は、人間の数奇な運命を感じさせて心に迫ります。
(武居利史「所蔵品から」『府中市美術館だより』第17号、2006年2月、府中市美術館)

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