海浜風景
| 作者 | 藤島武二 |
|---|---|
| Artist | FUJISHIMA Takeji |
| Title | Seashore |
| 制作時期 | 制作年不詳 |
| 技法・材質 | 板、油彩 |
| サイズ | 23.3cm×32.4cm |
| 署名等 | 画面左下:a mon ami Has□ T.F |
| 取得方法 | 購入 |
| 取得年度 | 平成8年度 |
| コレクション名 | 河野コレクション |
| 所蔵品目録番号 | 0181 |
| 作品解説 | 夕暮れでしょうか、波もたたずに静まりかえったグレーの入り江、遠景に霞んで見えて画面をほぼ水平に横切っている濃いブルーの山なみ、左やや上方に滞留している一艘の小舟のシルエット、紫色の砂浜、そして右側には薄く緑色の低草が生えています。右下手前から紫の波際が左奥のほうに大きく湾曲し、半円を描いて手前の海辺を取り囲んでいます。視線は自然に左上の小舟に導かれますが、今度は反対に上方の空間を取り囲むように小舟のカーブと遠方の海岸線が連なって見え、それを山並みの稜線が切断しているかっこうになっています。ほとんど抽象的と言いたくなるほどシンプルな構図と色彩で、淋しくも叙情的な雰囲気に満ちた階調(トーン)の美しい小品です。 画面に向かって左下をよく見ると、「a mon ami Hashiguci T.F(わが友、橋口に T.F)」と書いてあるのが分かります。「T.F」はもちろん藤島武二のイニシャルです。「橋口」とあるのは恐らく橋口五葉(本名は橋口清)のことで、藤島と同じ鹿児島で明治13年(1880)に生まれ、13歳年下です。幼児より狩野派の絵画を学び、明治32年に上京して橋本雅邦に師事しましたが、やはり鹿児島生まれの親戚筋黒田清輝の薦めで洋画に転じ、翌年から白馬会研究所、東京美術学校西洋画科に学び、同38年に主席で卒業しています。一方藤島は同29年より助教授を務めていたので、33年から38年にかけて二人は先生と学生の関係にありました。(藤島は同38年9月から約4年間ヨーロッパに留学)。 藤島と橋口は、おそらくこの時期に交友関係があったものと思われますが、詳細については分かっていません。ただ、藤島は雑誌『明星』の挿絵を通じて、橋口は『ホトトギス』の挿絵や夏目漱石の著書の装幀を通して、アールヌーボーやラファエル前派、あるいは象徴主義への傾倒を示しており、いわば志を同じくするもの同士でした。この絵の制作時期も、おそらく藤島が留学する直前ではないかと思います。 なお、フランス象徴主義の画家としてピュヴィス・ド・シャヴァンヌが有名ですが、現在オルセー美術館及び国立西洋美術館にある《貧しき漁夫》の背景(山並みと中景の海辺の部分)と、この絵はよく似ています。偶然かも知れませんが、構図を借りてきた可能性もあると思います。(山村仁志「所蔵作品から」『府中市美術館開設準備室だより』第4号、1997年11月、府中市美術館) |
