河口風景

作者渡部審也
ArtistWATANABE Shin'ya
TitleLandscape at the River Mouth
制作時期明治29年(1896)
技法・材質キャンバス、油彩
サイズ33.3cm×57.9cm
署名等画面左下:Shinya 1896
取得方法購入
取得年度平成10年度
所蔵品目録番号0281
作品解説一見すべてが静止したような河辺の風景ですが、しかしよくみると、この絵の渡し舟、蘆草、係留のための杭、枝々はごくわずかにゆらめいています。
 吹きわたる風に水面が呼応し、すべてが揺れ、そして光をかえています。水鳥、杭、舟、岸辺の緑、空、雲が水面に映り込み、響きあって見る人に微風を送ってくれています。特に水面へ映った水鳥の影などは、油彩画の限界とも思える細心の一筆で描かれ、画家の注意は写実的で精確な描写を越えて、さざめく光におかれていることがわかります。画家の一筆が、一瞬の輝きにかえられているのです。
 この絵が描かれた明治29年(1896)とは、当時の油絵画家たちにとってどんな年であったのでしょう。フランスから帰った黒田清輝・久米桂一郎らは白馬会という新しい組織を6月に発足させ、それまで所属していた明治美術会から、他の西洋から帰った画家たちとともに退会し、10月には第1回の白馬会展を上野で開催しました。これによって渡部審也が学んだ明治美術会付属の明治美術学校も、運営がたちゆかず8月に閉校となり、そして何よりもこの年の明治美術会展は開かれませんでした。この作品もあるいは明治美術会展出品を目指して制作され、そして出品の機会を失ったのかもしれません。黒田を中心とする外光派と呼ばれる「新派」に対し、依然として不同舎以来の日本の自然描写にこだわった骨太な写実的表現をとる「旧派」。この2つの流れが渦巻いていた年なのでした。この画壇の分裂は、同時に「光」をどう絵に取り込むかという問題も含んでいたのです。
 しゃれた色彩や形の強調はせず眼前の景色をそのままに、自然のもつ根源的な美しさを淡々とどこまでも忠実に追い求めていく姿勢を貫きつつ、さらになお「光」の表現に一つの解答をこの絵は示しているように思われます。まるで俳句や詩を綴るように景物のひとつひとつを画家は絵筆で丹念に描いています。見る人はまず、絵画自身の美しさよりも前に、自然そのものの美しさを受け取ることができるのです。
 明治34年まで続いた明治美術会も解散され、かわって旧派・脂派とあだ名される画家たちが集って、太平洋画会が創立されました。その発起人の一人は、この絵の制作から5年後の渡部審也でした。
(志賀秀孝「所蔵作品から」『府中市美術館開設準備室だより』第9号、1999年7月、府中市美術館)

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