エステル女王

作者アレクサンドル・カバネル
ArtistAlexandre Cabanel
TitleQueen Esther
制作時期19世紀後半頃
技法・材質キャンバス、油彩
サイズ55.0cm×46.4cm
署名等画面左上:ALEX・CABANEL
取得方法購入
取得年度平成10年度
所蔵品目録番号0286
作品解説孔雀の羽根の扇を手に微笑む美しい女性。「エステル記」という旧約聖書の物語の主人公です。その物語とは、ペルシア王の王妃となった美しいユダヤの孤児エステルが、ユダヤ人大虐殺の命令の撒回を王に命がけで嘆願し、彼らの命を見事に救うというものです。
 「エステル記」は、古くから画題となった物語のひとつです。緊張感ある物語の展開とエキゾティックで華やかな場面が愛され、死を覚悟しつつ謁見のために美しく着飾る姿、あるいは謁見を許され安堵のために気絶する様子など、さまざまなエステル像が多くの画家によって描かれました。
 この作品では、異国風の衣装と冠を付けたエステルだけを暗い背景の中に描いています。画面右からの柔らかな光が、背景から人物だけを浮かび上がらせるような効果を加えています。そして、全体に抑えられた色彩やシンプルな道具立てが、彼女の白い肌の美しさを際立たせます。物語を説明するようなモティーフがほとんどないこともあって、当代の美女がオリエンタル趣味の衣装を身につけポーズをとる肖像画のようにも見えます。しかし、柔らかく微笑みながらも、真っすぐにこちらを見つめる瞳には、どこか強い意志が感じられ、この表情から当時の人々は、よく知られたエステルの物語をたやすく思いえがくことができたのかもしれません。
 作者アレクサンドル・カバネルは19世紀後半のパリで、もっとも成功した画家のひとりです。その生涯を見ると理想的な出世コースを驚異的な早さで歩んでいます。
それほど大きくはないこの作品にも、そんな画家の力量がはっきりと表れています。エステルの優美なポーズや表情、人体のしっかりとした立体感や光をもちいた自然な演出、あるいは、衣の下に透けて見える肌の滑らかな仕上げ、扇の向きによって何気なく作り出された奥行きの表現など、卓越した画力をさらりと用いて、表現豊かな作品に仕上げています。
 ところで、カバネルが活躍した時期は、ミレーやコローといったバルビゾン派、あるいはクールベなどレアリスムの画家たちが活躍し、さらにはマネや印象派の画家たちまでも現れ始めていた頃でした。当時カバネルは、彼らとは比べものにならないほどの名声を得ていましたが、今日ではその評価が逆転していると言えるでしょう。レアリスムの画家や印象派の画家たちが、古くさい絵画として批判した伝統的絵画を代表する存在がカバネルであったため、新しい絵画の評価が高まるにつれ、その評価がことさらに落とされてしまったことがその一因です。そして、以来長く美術史の中で冷遇されてきました。
 しかし、2010年カバネルの故郷であるモンペリエで、初めての大規模な回顧展が開催されました。カバネルをはじめとする、レアリスムや印象派たちの影に隠れて見過ごされた19世紀後半の画家たちの再評価の動きが高まってきたのです。これまでの美術史の一方的な見方を見直す時期になってきたとも言えるかもしれません。
(音ゆみ子「所蔵品から」『府中市美術館だより』第30号、2011年2月、府中市美術館)

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