櫟水山荘図

作者宮本十久一
ArtistMIYAMOTO Tokuichi
TitleRekisui Mountain Villa
制作時期昭和8年(1933)
技法・材質紙本墨画淡彩 二曲一隻
サイズ165.5cm×167.0cm
署名等画面右下:昭和八年孟夏於櫟水荘図之 山荘紫煙の図 雨香生
取得方法宮本豊子氏寄贈
取得年度平成8年度
所蔵品目録番号0019
作品解説木々が表情豊かな緑の葉を伸ばし、夏の訪れを感じる季節。草木の間には白いもやが立ちこめ、朝の涼やかな気配を感じさせます。鬱蒼とした木立に隠れるような小さな家には、川の流れが引き込まれています。前に立つ女性は赤子を抱いているのでしょうか、その視線の先には赤や青、紫色の朝顔が咲き乱れています。まるで人里離れた仙境に建つ隠棲小屋のようなこの絵は、昭和初期の日本画家・宮本十久一が、府中市西府にあった、自らの水車小屋付きの家を描いたものです。
 十久一は本郷の商家に生まれ、にぎやかな町中で、湯島の芸妓たちに可愛がられて育ちます。しかし静謐と隠遁への憧れを心に秘めた大人びた少年でもあったようで、18歳の時に突如として四国巡礼の旅に出、遍路を主題とした異色の作品を展覧会に出して話題となったこともありました。関東大震災で家を失い、自然豊かな府中に移って小学校の教員として勤め始めます。
 画面右下の墨書は、「昭和八年孟夏於櫟水荘図之 山荘紫烟の図」とあります。「櫟水荘」は、素直に読むとクヌギと水の流れに囲まれた山荘という意味ですが、「櫟」が「擽」に掛けられているとすれば、水をくすぐる水車のある家、とも読めます。どちらにせよ、都会の喧噪を離れ創作に没頭する芸術家の住まいにふさわしい号です。
 ここでの実際の暮らしは、老いた両親と妻子を養い、仕事上の問題にも追われ、浮き世を離れ画事に専念するといった理想通りではなかったかもしれません。それでもこの絵の中で十久一は、木々の葉一枚一枚を自由な墨線で描き、涼やかさ、爽やかさに満ちた瑞々しい空気を描きとめています。自身と家族とを包み込む清らかな自然への感謝と、描くことの喜びが満ちたような作品です。
(小林真結「所蔵品から」『府中市美術館だより』第42号、2015年7月、府中市美術館)

PageTop