老武者

作者石川寅治
ArtistISHIKAWA Toraji
TitleOld Warrior
制作時期明治28年(1895)
技法・材質キャンバス、油彩
サイズ53.5cm×81.0cm
署名等画面右下:T.ISHIKAWA 1895
取得方法地域美術寄贈
取得年度平成25年度
所蔵品目録番号1798
作品解説白髪の年老いた武士がひとり、甲胄を身につけ、地面に座っています。顔はうつむき、うつろな様子です。厳しい合戦に疲れ果てたところでしょうか。それにしても戦いの最中に武器を投げ打って腰を下ろしてしまうとは、尋常ではありません。背景に何か物語の存在を感じさせます。
 作者の石川寅治は、この作品の制作時、20歳。高知から上京し、小山正太郎が主宰する不同舎で洋画を学んでいました。この年の第7回明治美術会展に出品した《湯浅伍助》という作品の白黒図版が残っていて、《老武者》とよく似ており、二つは関連作と思われます。
 湯浅五助は戦国時代の武将・大谷吉継の家臣で、名を知られた勇猛な武士でした。関ヶ原の戦いで西軍に味方した吉継は敗戦を悟って自害し、五助はその介錯を務め、主君の首を敵に渡さないよう地面に埋めます。そして偶然その場を目撃した敵将に、自らの首と引き換えにこのことを秘密にして欲しいと頼み、討ち取られます。この逸話は明治期に参謀本部が編集した『日本戦史』に収められており、石川もこの種の本を参考に、歴史的場面をどのように切り取って一枚の絵画を作り上げるか、試行錯誤したのでしょう。
 《湯浅伍助》では、老武者の視線の先には白布の包みがあり、鬼気迫る表情で穴を掘る姿が生々しく描かれています。一方この《老武者》には、そのような説明的な描写はありません。油絵ならではの質感や明暗の表現を巧みに用いながら、武士の姿だけを静かに描きだしています。しかしその表情には、長年仕えた主君をその手に掛けた悲哀や、がっくりと気落ちし、老体に鞭打って戦場を駆け巡った後の疲れを隠しきれないさま…そういった全てが込められているようです。まるで俳優が数行の台詞から役の人物の生い立ちや日常生活の様子までを想像して役を作り込むように、この画家も湯浅五助という人物の隅々にまで想像を巡らせ、一人の老兵の人生を絵の中に浮かび上がらせています。
(小林真結「所蔵品から」『府中市美術館だより』第54号、2021年8月、府中市美術館)

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