杏の丘

作者小絲源太郎
ArtistKOITO Gentaro
TitleHill with Apricot Trees
制作時期制作年不詳
技法・材質キャンバス、油彩
サイズ60.4cm×50.0cm
署名等画面右下:(白文長方印)糸
取得方法購入
取得年度平成8年度
コレクション名河野コレクション
所蔵品目録番号0126
作品解説小絲源太郎は、昭和24年(1949)と同26年に、日本有数の杏の里として知られる安茂里や松代などがある長野に足を運び、杏花の写生をしています。そして、この絵とほぼ同様の構図の《鳥ぐもり》と題する油絵を第九回の日展(昭和28年)に出品して、好評を博しました。「杏の花」というモチーフは画家会心の主題でした。
 ところで、油絵の具は、他の絵の具にはない独特の鮮やかな光沢のある色の重なりの表現が可能ですが、溶き油の量の加減では、逆にこの絵のように全く光沢のない凸凹とした筆の跡が残るような描き方もできる優れた画材でもあります。ではなぜ、画家は杏の咲く風景を、この色の塗り方によって表現したのでしょうか。それは、決して絵に描くことのできない筈の花の香りを描きたかったからだろうと思います。
 この木立の先端には淡紅色の花の色が、木立の間にもわずかに、そしてほのかに残されています。誰しも花の色と香りは無意識のうちに連想できるものです。さらに、大地はすてきな黄色に塗られています。なんときれいな花の紅色と杏の実を思わせる黄色のとりあわせでしょうか。
 時として、曇天の中に浮かび上がる万物の固有色の響き合いのなかに、日本らしい風景美を見出すことができます。この絵も、ややくぐもった穏やかな光線のなか、堂々たる高木が花咲き、あたりに芳香を漂わせ、ひたすら静かに息づいています。どこまでも杏林は続き、花々は丘を染めています。中国の桃源郷ならぬ日本の理想郷には、丈高く気品ある杏の木が案外似合うかも知れません。小絲源太郎は、東京の下町に生まれ、日本的な絵画創造の道を、力まずに淡々と歩んだ画家の一人でした。
(志賀秀孝「所蔵作品から」『府中市美術館開設準備室だより』第5号、1998年3月、府中市美術館)

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