皮工図
| 作者 | 司馬江漢 |
|---|---|
| Artist | SHIBA Kokan |
| Title | Leather Craftsmen |
| 制作時期 | 天明5年(1785) |
| 技法・材質 | 紙本銅版筆彩 |
| サイズ | 11.0cm×14.4cm |
| 署名等 | 画面外:天明乙巳四月 江漢写並刻 |
| 取得方法 | 購入 |
| 取得年度 | 平成12年度 |
| 所蔵品目録番号 | 0855 |
| 作品解説 | 現代美術は難解だ、という声をしばしば聞きます。しかし、私たちと同じ時代に生まれたそれらは、わかりやすい側面を持っていると言えるかもしれません。今の私たち自身の感覚や知識の上で率直に感じるものが、その美術のありようでもあるからです。では、遠い過去の美術に接する時はどうでしょうか。時代を超えて雄弁に自らの美を主張するものもあるでしょう。しかし、知識や想像力を駆使しながら、その美術が生まれた時代環境を考えて、初めて、さらに豊かな魅力や多様な美意識に近づくことができるのです。 西洋の皮なめし職人たちの様子を描いたこの銅版画は、天明5年(1785)、今から200年以上前に、江戸の洋風画家、司馬江漢によって制作されました。赤い服の男性が、丸太の台の上で力強く皮をそいでいます。その後ろに青い服の人物、右端の小屋では皮を踏んでいる人がいます。小さな船も着岸して荷物を降ろしているようです。近くには荷物を背負って歩く人物がみえます。そして彼方には西洋の街の愛らしい描写。画面が縦10cmにも満たない作品にもかかわらず、川のほとりに人々の様々な営みが散りばめられた、美しい空間が広がっています。 鎖国の時代、作者江漢が自分の目でこのような西洋の光景を見ることは、もちろんありませんでした。江漢は、オランダから舶載されたラウケン父子の本『人間の職業』の挿絵の一つを模したのです。原図と比べると、江漢画の方が画面が横に長く、特に遠景の広がりがゆったりと表わされています。また、線を幾重にも重ねた原図の描法に比べ、江漢画の線描は、やや固さも感じられるものの全般に穏やかにまとめられています。特に遠景の人物などは、南画の点景人物のように軽やかです。原図にはない叙情的な空気が広がり、西洋世界への夢が画面から溢れ出ているかのようです。 銅版画の技法はヨーロッパで発達し、江戸時代の日本には、オランダからの舶載文物としてもたらされました。人々は、それまでの日本絵画とは異なる、精密で写実的な技巧に驚きました。天明3年(1783)9月、日本で初めてその制作に成功したのが、江漢でした。オランダ語の技法書の研究にあたっては、親交のあった蘭学者、大槻玄沢の協力が大きかったといいます。 《皮工図》は、その1年7ヶ月後に制作されました。技法上、特に注目されるのは遠景でしょう。建物などに線の強弱がつけられていて、霞むような雰囲気がよく表現されています。この表現には、薬品を使って原版を作る際の微妙な調整が必要で、高度な技巧が使われています。空間の広がりが大事なこの作品の成否を決める、技術の見せ場だったことでしょう。 絵といえば狩野派や浮世絵などであった時代に、江漢は西洋画に魅了され、新しい絵画を追い求めました。私たちは今、宇宙への夢や想像に胸をふくらませ、コンピューターの技術が次々に生み出す未知の映像の剌激を楽しんでいます。少し歴史的想像力を働かせれば、この200年前の小さな画面に入り込み、作者江漢の実感を体験することができるのです。(金子信久「所蔵品から 想像の宇宙―司馬江漢《皮工図》」『府中市美術館だより』第1号、2000年12月、府中市美術館) |
