先祖由緒并一類附帳

文書群名加越能文庫
分類1藩士
分類2家格・系譜
史料番号16.31-065
枝番(始)7648
枝番(終)7659
作成年代等明治初年
形態帙入
点数13380
内題・刊次【帙383】
・中西順太郎(立)、津左衛門懽、7人扶持、M3、17才、常福寺、9丁
・中西順平(直光)、清兵衛、18俵、M3、39才、慶覚寺、6丁
・中西昇三郎(寛之)、寂翁、150石、M3、49才、専光寺、5丁
・中西正七郎(之行)、新太郎、58俵、M3、18才、鶴林寺、5丁
・中西甚八(勝茂)、甚之丞、16俵、M3、42才、西方寺、4丁
・中西宗吉(定一)、宗兵衛、30俵、M3、50才、専長寺、7丁
・中西宗平(多嘉)、宗兵衛惟清、12俵、M3、49才、専光寺、4丁
・中西外語郎(以当)、久太夫以孝、50俵、M3、30才、妙慶寺、11丁
・中西瑃次郎(信章)、木工孝章、30俵、M3、30才、鶴林寺、11丁
・中西常男(善之丞、義直)、善七、18俵、M3、51才、慶恩寺、5丁
・中西恒三(一正)、平兵衛、27俵、M4、29才、浄行寺、5丁
・中西てい、原蔵昌行、8人扶持、M7、48才、光覚寺、5丁
解説・備考・キーワード・人名藩士の先祖由緒帳は、正保4年(1647)3月を初めとして何回も提出されているが、ここに一括したものは明治3年(少数はその前後)に金沢藩庁に提出された原本である。その内容は、まず当主の略歴にはじまり、遡って先祖以来の系譜と略歴、ついで当主の4親等(1部)までの親族を書きあげたもので、巻末に別載した事項の外に、当主の本国、生国、定紋、住居同姓者の記されたものもある。ただ、明治3・4年の藩士(陪臣を含む)の数は、士族卒族合せて1万7千余戸と見られるが、ここに載せたものは11,761点(『加越能文庫解説目録』記載点数、単位は「戸」とした方が把握しやすい)で、凡そ3分の1を欠いたことになる。
マイクロ番号508

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