先祖由緒并一類附帳

文書群名加越能文庫
分類1藩士
分類2家格・系譜
史料番号16.31-065
枝番(始)5731
枝番(終)5744
作成年代等明治初年
形態帙入
点数13380
内題・刊次【帙292】
・田川伊太郎、士一、20俵、M6、4才、願興寺、5丁
・田川右也(豊寿)、吉蔵、7人扶持、M3、39才、道林寺、5丁
・田川喜一(勝久)、左太夫、10俵、M4、37才、善行寺、4丁
・田川清吾(清蔵、景仲)、10俵、M3、63才、長福寺、3丁
・田川喜太郎(法光)、清蔵景仲、4人扶持、M3、26才、長福寺、3丁、※2冊
・田川学男(義光)、七太夫、11俵、M3、26才、道林寺、3丁
・田川盛馬(以政)、伝右衛門、6人扶持、M4、55才、道林寺、4丁
・田川士一、伊兵衛、20俵、M3、16才、願楽寺、5丁
・田川忠平(忠次)、忠兵衛、15俵、M3、29才、上宮寺、4丁
・田川辺(冬雄)、5人扶持、M3、弘願院、3丁
・田川孫一(孫左衛門、貞敷、孫一)、伝右衛門、30石、M2、46才、道林寺、5丁、※3冊
解説・備考・キーワード・人名藩士の先祖由緒帳は、正保4年(1647)3月を初めとして何回も提出されているが、ここに一括したものは明治3年(少数はその前後)に金沢藩庁に提出された原本である。その内容は、まず当主の略歴にはじまり、遡って先祖以来の系譜と略歴、ついで当主の4親等(1部)までの親族を書きあげたもので、巻末に別載した事項の外に、当主の本国、生国、定紋、住居同姓者の記されたものもある。ただ、明治3・4年の藩士(陪臣を含む)の数は、士族卒族合せて1万7千余戸と見られるが、ここに載せたものは11,761点(『加越能文庫解説目録』記載点数、単位は「戸」とした方が把握しやすい)で、凡そ3分の1を欠いたことになる。
マイクロ番号479

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