先祖由緒并一類附帳

文書群名加越能文庫
分類1藩士
分類2家格・系譜
史料番号16.31-065
枝番(始)1590
枝番(終)1601
作成年代等明治初年
形態帙入
点数13380
内題・刊次【帙84】
・岡田喜千太郎(英定)、友女英信、25俵、M5、9才、正福寺、7丁
・岡田久次郎、信安、10石、M8、17才、開禅寺、7丁
・岡田国成、国定、100石、M7、17才、開禅寺、6丁
・岡田源次郎(当嗣)、源左衛門、50石、M2、22才、雲竜寺、4丁
・岡田源三(当恒)、団右衛門守一、3人扶持、M3、53才、雲竜寺、4丁
・岡田茂(当民)、源三当恒、2人扶持、M3、14才、雲竜寺、3丁
・岡田酤一郎(次郎助、保之)、次郎助保立、7人扶持、M3、45才、浄安寺、5丁、※2冊
・岡田小左衛門(為矩)、半左衛門、2人扶持、安政5、36才、9丁
・岡田茂人(方則)、源左衛門、2人扶持、M3、14才、雲竜寺、3丁
・岡田庄治(直政)、弥四郎直定、100石、M3、58才、法界寺、7丁 
・岡田庄太郎、重栄、25俵、M6、9才、正福寺、6丁
解説・備考・キーワード・人名藩士の先祖由緒帳は、正保4年(1647)3月を初めとして何回も提出されているが、ここに一括したものは明治3年(少数はその前後)に金沢藩庁に提出された原本である。その内容は、まず当主の略歴にはじまり、遡って先祖以来の系譜と略歴、ついで当主の4親等(1部)までの親族を書きあげたもので、巻末に別載した事項の外に、当主の本国、生国、定紋、住居同姓者の記されたものもある。ただ、明治3・4年の藩士(陪臣を含む)の数は、士族卒族合せて1万7千余戸と見られるが、ここに載せたものは11,761点(『加越能文庫解説目録』記載点数、単位は「戸」とした方が把握しやすい)で、凡そ3分の1を欠いたことになる。
マイクロ番号415

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