信光明寺観音堂 附 棟札

分類国指定
種別建造物
所在地岡崎市岩津町
所有者信光明寺
指定年月日M37.2.18
時代室町後期 文明10年
詳細解説信光明寺は、浄土宗鎮西派に属し、宝徳3年(1451)岩津城主の松平3代信光が、父泰親の菩提を弔うため、釈誉上人を開山として創立した。観音堂は、棟札によると文明10年(1478)の建立であることが知られる。境内には、観音堂、本堂、開山堂、客殿(方丈)、中門(唐門)、総門などの堂宇がある。
観音堂は、方三間(一辺7.21m)、入母屋造、こけら葺の本格的な禅宗様の仏堂である。柱は総丸柱で、組物は二手先詰組・尾垂木(おだるき)付を用いる。柱間は、貫で固め、双折桟唐戸、花頭窓をいれる。妻飾りは虹梁大瓶束で、かぶら懸魚を吊る。内部は一室で、土間の後方に来迎柱を立て、前面に禅宗様須弥壇(しゅみだん)をおき、来迎柱から正面の主柱にかけて大虹梁を渡して、その前より1間程入った位置に大瓶束(たいへいづか)をたて、頭貫を入れて出組詰組(つめぐみ)をのせる。須弥檀上の1間四方には鏡天井を張り、外の1間通りを放射状の扇垂木を見せるなど禅宗様独特の上昇観あふれる空間を形成する。この建物では、屋根が大きく、軒反りも強く、木割は繊細で、斗栱・拳鼻・大瓶束などに建築的特徴がみられる。浄土宗寺院においては、最古級の仏堂であり、このような禅宗様の仏堂が採用されたことは、浄土宗寺院の初期形態や形成過程を知る上においても極めて重要な遺構である。(沢田多喜二)

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