尾関家住宅主屋

分類国登録
種別建造物
所在地犬山市大字犬山
所有者個人
指定年月日H11.8.23
時代江戸
指定理由犬山焼を復興した窯元の屋敷。犬山藩の御用瓦師時代に大火の出火元となったために現在地に移転した時のもの。東西棟、瓦葺切妻屋根、平入の2階建で、東側に土間をとり、西側南に床棚付き8畳ほか3室を並べ、北に仏間、納戸などを配する。
詳細解説余坂で犬山城御用瓦師を営んでいた尾関家は、天保13年(1842)大火の火元となったため、現在地に移転させられ、間もなく建てられたのが現在の主屋である。慶応2年(1866)年「尾関作十郎信業(ノブナリ)」は瓦製造の傍ら、犬山の伝統技法である赤絵の手法を用いて桜、紅葉を描いた磁器の制作に成功し、犬山焼を復興した。主屋は桟瓦葺(さんがわらぶき)、切妻屋根(きりづまやね)、平入(ひらいり)の2階建で、東側に間口2間、奥行6間半の大きな土間をとり、南側奥から床棚付き8畳ほか2室とその南側に半間の縁を配し、北側に仏間、納戸などを配し、土間沿いに台所など3室を配している。2階は現在倉庫としているが、明治期には養蚕(ようさん)を行っていたと言う。御用瓦師の家として土間を大きくとり、2階窓の内法(うちのり)部分上下に長押を付けるなどの特色がある。(長谷川良夫)

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