大高城跡 附(丸根砦跡/鷲津砦跡)

分類国指定
種別史跡
所在地名古屋市緑区大高町
所有者名古屋市
指定年月日S13.12.14
時代室町
詳細解説知多半島の丘陵部最北端にあたる要害の丘(標高20m)にあり、本丸・二の丸・内堀・外堀・土居などの遺構を追跡することができる。桶狭間の戦いで今川義元が織田信長に討たれると、大高城は戦略上の価値を失い廃城となった。その後、元和2年(1616)尾張藩家老志水忠宗が1万石を領し、館を設けて代々明治まで続き、明治3年に廃止された。
丸根砦跡は、大高城跡東約800m、鷲津砦東南約400mの標高35.9mの小丘陵に位置する。現況は東西36m、南北28mの砦の周囲に外堀をめぐらしている。
桶狭間の戦いで佐久間重盛がこの砦を守り、松平元康と激戦したが、今川義元が織田信長に討たれたため、廃城となった。その後は尾張藩家老志水忠宗が大高城とともに館を設け明治まで続いた。
鷲津砦跡は、丸根砦とともに大高城を頂点とする二等辺三角形の底辺の両端に位置する。現況では砦跡の範囲は判明しないが、南北69m、東西46mぐらいといわれている。この砦を守っていたのは織田方の飯尾定宗・信宗父子、織田信平等で今川方の朝比奈備中守等に攻められ討死した。

PageTop