熊谷家住宅(愛知県北設楽郡豊根村)〈主屋/穀倉/新倉〉

分類国指定
種別建造物
所在地北設楽郡豊根村大字上黒川
所有者個人
指定年月日S49.2.5
時代江戸中期 寛政12
詳細解説熊谷家は、初代の熊谷玄蕃が信濃国より当地に土着して以来、現在まで二〇代続くという。近世においては醸造業を営み庄屋を勤めた家格であった。屋敷地は、背後には急峻な山が迫る東下がりの斜面に構えられ、前面道路に面して、穀倉、新倉と門が建ち、その背後に南北棟の主屋が建つ。
主屋は、平屋建、入母屋造(いりもやづくり)、茅葺、南北長さ25メートルに及ぶ長大な建物で、北には切妻造(きりづまづくり)平屋建の付属屋が取り付く。平面は北側を土間(にわ)、南側を居室とする構成で、居室は大きく前面と背面に分かれ、前面には二間半四方の広さの、茶の間、ざしき、中の間の三室が続き、居室部分の前面、側面には一間幅の縁が廻る。背面の諸室は数次の改造が想定され、床の間を構える上段の間も幕末から明治頃の改造によるとみられている。軸部は梁組を高い位置で組んだ成(せい)の高い構成であり、構造材として厚い長押(なげし)を打つ点が特徴的である。小屋組は六間の梁間いっぱいに大きく叉首(さす)を架け、束を混用した形式である。小屋梁や束の仕上げがいかにも古い。土間は、中央に大材を用いた大黒柱が立ち、豪壮な架構を見せる。建造年代については元文5年(1740)以降の祈祷札(きとうふだ)が残るが、様式的にはやや下って江戸中期とみられている。熊谷家住宅にみられる中央のざしきを核とした平面構成は古い形式ともされるが、北設楽郡には類例が確認されており、愛知県の平野部とは異なる形式として系譜的に注目される。
敷地前面に並び立つ穀倉と新倉は、穀倉が妻入、桟瓦葺、新倉が平入、置屋根形式(おきやねけいしき)板葺の土蔵で近世の屋敷構えを伝える遺構として主屋と同時に指定を受けている。安政3年(1856)と同4年の年記を持つ棟札が発見されており、この頃の建造と考えられている。(溝口正人)

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