国指定重要文化財(建造物)円融寺本堂(釈迦堂)。屋根の起(鉾久り)破風(はふ)のカーブが美しい

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07-04-00.圓融寺

資料ID248
名前(漢字)エンユウジ
名前(英語)Enyuji Temple
テーマみどりの散歩道コース
コース07.碑文谷・立会川コース
コンテンツ04.圓融寺
資料紹介節分の豆まき行事には大勢の人でにぎわう圓融寺。その歴史は波乱に満ちています。平安初期の仁寿3年(853)、天台宗の高僧慈覚大師(ジカクダイシ)がこの地に寺を開き、法服寺と名づけました。これが圓融寺の起源です。法服寺は約400年後の弘安6年(1283)、日源上人(ニチゲンショウニン)によって日蓮宗に改宗され、名も法華(ホッケ)寺と改められました。世田谷城主吉良(キラ)氏などの庇護(ヒゴ)を受け、「碑文谷の法華寺」と呼ばれ栄えましたが、日蓮宗以外の人からは供物を受けず、供養もしない「不受不施(フジュフセ)」の教義を固く守り通したため、のちに徳川幕府と対立しました。再三の弾圧の結果、法華寺は取り潰(ツブ)しにあい、再び天台宗の寺に戻されました。その後、圓融寺と三度名を改め、今日に至っています。
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コース紹介https://jmapps.ne.jp/9093/det.html?data_id=238
関連人物名日源上人
関連人物名吉良氏
関連人物名慈覚大師 (円仁)

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