目黒新富士(歌川広重画「名所江戸百景」 1857年 国立国会図書館蔵)部分

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03-03-00. 元富士と新富士

資料ID133
名前(読み)モト フジ トシン フジ
名前(英語)Motofuji (former) and Shinfuji (New) mound
テーマみどりの散歩道コース
コース03.西郷山・目黒川コース
コンテンツ03.元富士と新富士
資料紹介古くから富士山は霊峰(レイホウ)として信仰され、室町時代に入ると庶民の間でも富士信仰が盛んになりました。
江戸時代には、皆でお金を集め、代表者が代理で登拝(トハイ)する「富士講」が爆発的なブームとなりました。旧暦6月1日の山開きには、白装束にワラジ履きの講員(コウイン)が団体を組み、金剛杖(コンゴウヅエ)を頼りに霊峰富士の山頂を目指しました。しかしそびえ立つ富士は遥(ハル)かに遠く険(ケワ)しく、登拝は多くの費用と日数を必要としました。より身近な場所で信仰できないか、と考えた人々は、やがて富士山を模した「富士塚(ミニ富士)」を築き、その山頂に浅間(センゲン)神社を祀(マツ)って登拝するようになりました。
その後、江戸のあちこちに数多くの「富士塚」が造られ、目黒では上目黒の「元富士」と中目黒の「新富士」の二つが並び称され、浮世絵になるほどに有名でした。
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コース紹介https://jmapps.ne.jp/9093/det.html?data_id=122

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