内海元孝

作者名(ヨミ)うつみげんこう
出身地敦賀
流派円山・四条派 

略歴・解説

一向堂町(現・敦賀市相生町)で生まれる。京に出て円山応挙や長沢芦雪に学び、後に敦賀で絵師として活動する。文化3(1806)年、伊能忠敬が若狭を測量する際に調査資料となる郡内地図を清書した。養子の元紀(二代目)と孫の吉堂(三代目)も内海家の絵師として活躍し、郷土の画家として親しまれている。安永元(1772)年生、天保6(1835)年没。

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