山玉向嶋講社の碑(左碑)

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山玉向嶋講社の碑(白鬚神社)

西暦年(世紀)・月・日1922年3月
元号年(時代)・月・日大正11年3月
登録・指定登録文化財
種別有形民俗文化財
ふりがなやまたまむこうじまこうしゃのひ(しらひげじんじゃ)
員数2基1対
寸法左碑 高146.0 ㎝ 幅123.0 ㎝ 厚17.5 ㎝
右碑 高122.0 ㎝ 幅110.9 ㎝ 厚19.0 ㎝
所蔵者宗教法人 白鬚神社
資料所在地東向島3-5-2 白鬚神社
解説 山玉向島講社は、かつて向島地域で活動した富士講(ふじこう)の一つで、講印(こうじるし)の特徴から山玉深川元講(もとこう)の枝講であったと考えられています。これまでに確認された関連資料から、明治8年(1875)7 月頃にはすでに活動しており、構成員は主に寺島・中ノ郷・須崎の3 地区に分布していたようです。
 白鬚神社にある記念碑は、何らかの「基本金」の奉納を記念して建立したものであるらしく、建立当時の講員111 名(石材店は除く)の名前が判明します。また、当時の講社の先達(せんだつ)が白鬚神社の氏子総代・重城丈吉(じゅうじょうじょうきち、先達名は玉山丈行)であったこと、講元(こうもと)が寺島村の松本萬次郎(まつもとまんじろう)であったこともわかります。

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