山玉向島講社の碑(高木神社)正面全景

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山玉向嶋講社の碑(高木神社)

西暦年(世紀)・月・日1898年9月
元号年(時代)・月・日明治31年9月
登録・指定登録文化財
種別有形民俗文化財
ふりがなやまたまむこうじまこうしゃのひ(たかぎじんじゃ)
員数1基
所蔵者宗教法人 高木神社
資料所在地押上2-37-9 高木神社
解説 山玉向嶋講社は、かつて向島地域を拠点に活動した富士講の一つです。関連資料によれば、この講社は明治8年(1875)頃には既に存在し、大正期には100名以上の構成員を擁していました。本碑は、その山玉向嶋講社が旧寺島村新田の鎮守高木神社に建立したもので、石碑の正面中央には講印が彫られています。また、講印の左側には「大願成就登山二十五度」「大先達一治山政行」と刻まれ、裏面には大先達町田治助(一治山政行の実名)と世話人たちの名前が居住地別に刻まれています。碑刻者は、その中に名を連ねた有名な碑銘彫刻師、宮亀年(3代目本宮為吉)と思われます。本碑は、富士講を担い手とする富士講信仰が向島地域にも伝播・定着していたことを示す資料で、講社の組織が主に須崎、中ノ郷、寺島の三地区の住人で構成されていたことを教えてくれます。なお、石碑に名を連ねた人々については、調査から「石造墨堤常夜燈」(区登録有形文化財)の奉納など、地域をあげての協賛事業に関与していた人々であることが分かります。

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