「一勇斎歌川先生墓表」(歌川国芳顕彰碑)
「一勇斎歌川先生墓表」(歌川国芳顕彰碑)
西暦年(世紀)・月・日 | 1873年10月 |
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元号年(時代)・月・日 | 明治6年10月 |
登録・指定 | 指定文化財 |
種別 | 有形文化財(歴史資料) |
ふりがな | 「いちゆうさいうたがわせんせいぼひょう」(うたがわくによしけんしょうひ) |
員数 | 1基 |
寸法 | 総高152.0cm 幅 142.0cm |
所蔵者 | 宗教法人 三囲神社 |
資料所在地 | 向島2-5-17 三囲神社 |
解説 | 三囲神社境内神楽殿の裏に立つこの石碑は、一部に戦災による剥離(はくり)が見られます。 向島に居住した時期もある幕末の絵師歌川国芳(1797~1861、号:一勇斎)の娘と弟子たちが師を顕彰するため、十三回忌の明治6年(1873)に建てました。碑文(漢文)は、国芳の出自と絵画的才能、初代歌川豊国(うたがわとよくに)に入門し、武者絵で名声を得て風刺画などでも活躍したこと、多くの弟子を育てたことなどに触れ、建立趣旨を刻んで結ぶとします。国芳の友人東條琴台(とうじょうきんだい)が撰文を、巻菱湖(まきりょうこ)の弟子萩原秋巌(はぎわらしゅうがん)が書と篆額を手がけ、向島在住の石工宮亀年(みやきねん)が彫刻しました。内容は国芳研究の基本資料として知られ、墨田区の浮世絵に関わる豊かな歴史に厚みを加えています。 |