高山良策

作家名よみたかやま・りょうさく
作家名ローマ字TAKAYAMA,Ryosaku
生年1917
生年(和暦)大正06年
没年1982
没年(和暦)昭和57年

経歴

1917年(大正6)、山梨県南都留郡西桂沼小沼に生れる。少年時代から絵や粘土細工が得意だった。1931年(昭和6)、上京して製本店に勤務しながら絵を独学する。1938年(昭和13)、応召し中支方面に派遣となる。1940年(昭和15)までの出征中に「軍隊スケッチ」330点を描く。また、この間開催された第1回聖戦美術展に《野戦スケッチ》などを出品している。また、紀元二千六百年奉祝日本水彩画会第27回展に《デッサン・老人像》が入選。1941年(昭和16)、東京田辺製薬図案部に勤務する傍ら日本クロッキー研究所や福沢一郎絵画研究所に通う。1943年(昭和18)、東宝航空教育資料製作所(東宝撮影所のセクション)に転職し、撮影セットのミニチュアを作る仕事に従事。ここで山下菊二、難波田龍起らを知る。1945年(昭和20)、池袋要町のアトリエ付貸家(池袋モンパルナス)に転居。戦後は1946年(昭和21)の美術文化協会展や前衛美術会展、日本アンデパンダン展などに社会問題を背景にした油彩画などを出品した。1951年(昭和26)頃より画業と平行して、アニメやテレビCM用キャラクター、特撮用怪獣、舞台装置などの制作を始める。とりわけ1965年(昭和40)から関わる円谷プロ「ウルトラQ」の怪獣制作は、その後に起こる第一次怪獣ブームを支えるものとなった。絵画制作の方では、個展や1970年(昭和45)からの齣展を中心にシュールなイメージの作品を発表。1982年(昭和57)、肝臓癌のため死去。闘病中、高山に輸血を希望する怪獣ファンで病院のフロアが一時埋め尽くされた逸話がのこる。

この作家の作品一覧[全7件]

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