市川団十郎の荒木又右衛門(三重県)

法量(幅)㎜504
法量(高さ)㎜358
公開解説 明治13年(1880)3月、新富座で上演された「日本晴伊賀報讐」は、九代目市川団十郎、五代目尾上菊五郎、初代市川左団次の「団菊左」顔合わせで大評判だったという。押絵に描かれているのは、団十郎が演じた荒木又右衛門(役名は荒木政右衛門)である。
 この演目は、寛永11年(1634)に伊賀国上野の鍵屋の辻で、剣客・荒木又右衛門が義弟・渡辺数馬に助太刀して河合又五郎を討ったという「伊賀上野の仇討」を題材にしたもので、いわゆる「伊賀越物」の一つである。「伊賀上野の仇討」は、曽我兄弟、赤穂浪士とともに三大仇討物に数えられており、押絵の又右衛門も、白い鉢巻きに白い襷掛けの敵討ちスタイルで描かれている。幕末以降は荒木又右衛門の剣豪ぶりを強調する筋立てが主流となった。
 はめ込み絵は、佐竹永湖の「蛤と万古焼」。「その手は桑名の焼蛤」という言葉でも有名な蛤と、万古焼の急須が描かれている。

PageTop