(資料群)北谷家 資料

資料群・作家名(ヨミ)きたたにけしりょう

略歴・解説

昭和24年(1949)の花園小学校の通知表。寄贈者が小学4年の時のものである。昭和20年7月4日未明の高松空襲は、市街地の約80%を焼失するという甚大な被害をもたらした。それにより、高松市内の学校も多く焼失した。花園国民学校(戦後、花園小学校と改称)は焼失を免れ、罹災者の救済・救急場所として利用された。また、戦災にあった学校のために校舎の一部を提供した。
戦後の教育改革によって、6・3・3・4制の学校体系による、小学校・中学校が昭和22年度から発足する。教育課程についても、戦前の軍事色を廃し、民主主義的な内容に改められた。資料中に記載されている「科目」はその改革を反映したものとなっている。
この通知表は、現在のものと比べると、大変小さく、紙質も悪い。その点は、物資が不足していた、終戦後間もない時期のものであることを感じさせるものであるが、同時にその内容は、戦後改革の一端を伝えるものでもある。
(香川県歴史博物館『収蔵資料目録 平成10年度』より、一部修正し転載)

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