(資料群)佃家 資料

資料群・作家名(ヨミ)つくだけしりょう

略歴・解説

1 佃家について
「源姓佃氏系図」によれば、佃家は源義国に連なる源氏の流れをくみ、義国より5代後の経氏が足利尊氏から摂津佃郷を賜り、佃姓を名乗るようになる。経氏の次男教氏は細川頼之に従い、細川清氏を撃ち、讃岐大野郷を賜り、大野北城に住したことから教氏を讃岐佃氏の始祖としている。その後、直成は摂津本家を継いだため、佃家は一旦讃岐を去るが、慶長年間に玄成が再入国し生駒家に仕え、大野村など千石を知行した。生駒家が転封されると、玄成の子宗成は大野村に土着、帰農し、代々同村に住した。宗成以降の讃岐佃家は、分家も多く輩出し、本・分家とも天下権現の再建・修築に深く関わっている。また、帰農後の3代正房は大野川原を開墾し、7代宗晃三省及び嘉房養軒は医業に携わっている。「源姓佃氏系図」から略系図を作成した(目録掲載)。なお、『香川町誌』(香川町、1993年3月発行)にも、この系図を参考にしたと思われる記述があるので参照いただきたい。
2 佃家文書について
本資料は、文書295件325点からなる。これらは木箱1箱に収められていた。(但し、「源姓佃氏系図」は別の桐箱に収められる。) 当文書は、佃家の家史料であり、時代的には寛永期から昭和初期のもので、7代~8代の幕末から明治初期(19世紀)のものが中心である。内容的にまとまったものは、①地租改正関係史料 ②百相村高徳寺関係史料  ③土地関係史料  ④養軒別家関係史料があり、これらで文書の大部分を占める。①地租改正関係史料としては、佃家の所有地を調べたもの、地租・村費等領収書、天下権現への寄付地所有権関係史料がある。中でも地租改正にあたって地主調査がなされたことに関連すると思われる、名東県時代の「佃○○所持地図面」は村の詳細が描かれた好史料である。天下権現寄付地関係は、地租改正によって近代的土地所有権が確立される過程での諸矛盾を表す史料で、近世期に佃家が天下権現に深く関わっていたことを示す史料が集められている。②百相村高徳寺関係史料としては、幕末・明治初年のものがほとんどで、「寄付帳」「什物帳」、本堂再建史料がある。佃家は近世初期の高徳寺建立から同寺と深く関わっており、檀家総代も勤めているため、これらの史料が伝世した。本堂再建史料は、嘉永期に焼失した本堂を再建する際の史料で、本堂所在地も佃家寄進によるものであることがわかる。③土地関係史料は、近世後期の年貢皆済覚と田畑売買証文である。これらから、近世の佃家はかなりの土地を集積していたことが窺えるが、土地台帳は全く残存していない。④養軒別家関係史料は、養軒が別家する際の嘉永期の書状等がまとまって伝わっている。これらの他に特筆すべき史料としては、「源姓佃氏系図」「生駒壱岐守分限帳之写」「生駒記地巻写」、及び水論関係史料がある。「系図」はその記載内容からして、明治時代初期に作成されたものと推定されるが、水晶軸・金地見返し・斐紙裏打ちなどの表装もすばらしく、大切に保管されていたことがうかがえる。南北朝~江戸時代の記述が詳しく、室町時代大野城図・江戸時代大野村開墾図・天下権現棟札図等も含まれ、佃家のみならず、大野村近辺の歴史を伝える基礎史料である。「分限帳写」は明治期の新表紙がつけられているが、本文はその書体・紙質から判断して、原本に近い時期(近世前期)に写されたものと推察される好史料である。生駒家の上級家臣であった佃家に伝わったという歴史的背景も本史料の価値を高めている。水論関係史料からは、近世大野村周辺の厳しい水事情がうかがえる。
(香川県教育委員会『歴史博物館整備に伴う収蔵資料目録 平成7年度』より、一部修正し転載)

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