香川景新

分野分類 CB宗教学・神道学
文化財分類 CB学術データベース
資料形式 CBテキストデータベース
大分類国学関連人物データベース
タイトル香川景新
+ヨミガナ / NAME / 性別カガワ カゲチカ / KAGAWA KAGECHIKA / 男
+小見出し香川宣阿男
+別名
+別称〔姓〕平 【和】
〔称〕杢允・守樋・光阿 【和】
〔名〕新・景樹 【和】
[法名]梅仙堂光阿景新居士 【国1】
〔字〕志竜 【和】
〔号〕梅宣堂・梅仙 【和】梅月堂 【書】梅仙堂 【国1】光阿 【国続】
+生年月日
+没年月日元文4年<1739>11月23日 【国1】(一説に、元文4年<1739>11月22日 【和】)
+享年74歳 【和】
+生国・住国京都 【国1】
+生国・住国(現在地名)京都府
+生国
+生国(現在地名)
+住国
+住国(現在地名)
+墓地名京都聞名寺 【国1】
+墓地現在地
+学統清水谷実業・武者小路実陰 【和】
+典拠国伝1,国伝続,国書人名辞典,和学者総覧.2768
+解説目次
+解説■履歴
 香川宜阿の子として生まれる。宣阿は岩国藩吉川家の家臣であり、景新は享保3年(1718)に家督を相続し、吉川家より俸禄を得ている。

■学問動向
 和歌を清水谷実業、武者小路実陰に学ぶ。宣阿の家風を受け、家学をよく継いだとされている。ただし、門人である美濃国の平井冬音の添削には、「よろしく候」「珍重」をくりかえすばかりで、冬音の信頼を得るには至らなかったとされている。
+特記事項■『草庵和歌集蒙求諺解』
父・宣阿の著した『草庵和歌集蒙求諺解』は頓阿の『草庵集』に対して352部の文献を用いて註釈を加えたものである。この冒頭に「梅月堂僧宣阿集編梅仙堂平景新訂正」とあることから、この執筆に際して助力したことが伺われる。
+参考文献
+史資料〔柵一〇〕梅仙道と号し、京の人、宣阿の男、家風を守りて、和歌を善くす。元文世年十一月二十三日歿す。京都、聞名寺に葬る。法名を梅仙堂光阿景新居士といふ。(参考)香川景樹の條下、
+史資料〈著作〉
+史資料〈碑文〉〔京都名家墳墓録〕香川景新墓
同所。宣阿墓の西に隣れり、表面に、光阿梅仙堂平志龍之墓、左側に元文四年十一月二十二日と刻す、宣阿が男、家風を守る、夫人墓は其西に在り。
+史資料〈その他〉
+辞書類国書,名家
+和学者カード
-40415 国学関連人物データベース 36 1 CKP000075 香川景新 KAGAWA KAGECHIKA  香川宜阿の子として生まれる。宣阿は岩国藩吉川家の家臣であり、景新は享保3年(1718)に家督を相続し、吉川家より俸禄を得ている。

■学問動向
和歌を清水谷実業、武者小路実陰に学ぶ。宣阿の家風を受け、家学をよく継いだとされている。ただし、門人である美濃国の平井冬音の添削には、「よろしく候」「珍重」をくりかえすばかりで、冬音の信頼を得るには至らなかったとされている。

■『草庵和歌集蒙求諺解』
父・宣阿の著した『草庵和歌集蒙求諺解』は頓阿の『草庵集』に対して352部の文献を用いて註釈を加えたものである。この冒頭に「梅月堂僧宣阿集編梅仙堂平景新訂正」とあることから、この執筆に際して助力したことが伺われる。 香川景新 KAGAWA KAGECHIKA , 2768 京都名家墳墓録 小伝 国伝 全 36006 2009/05/15 kouju108 2020/10/19 teshina 本登録 0 香川宣阿男 男 カガワ カゲチカ / KAGAWA KAGECHIKA / 男 ■履歴
 香川宜阿の子として生まれる。宣阿は岩国藩吉川家の家臣であり、景新は享保3年(1718)に家督を相続し、吉川家より俸禄を得ている。

■学問動向
 和歌を清水谷実業、武者小路実陰に学ぶ。宣阿の家風を受け、家学をよく継いだとされている。ただし、門人である美濃国の平井冬音の添削には、「よろしく候」「珍重」をくりかえすばかりで、冬音の信頼を得るには至らなかったとされている。 ■『草庵和歌集蒙求諺解』
父・宣阿の著した『草庵和歌集蒙求諺解』は頓阿の『草庵集』に対して352部の文献を用いて註釈を加えたものである。この冒頭に「梅月堂僧宣阿集編梅仙堂平景新訂正」とあることから、この執筆に際して助力したことが伺われる。 かがわ かげちか,平,杢允,守樋,光阿,新,景樹,志竜,梅仙堂,光阿,梅宣堂,梅仙,梅月堂,梅仙堂光阿景新居士 カガワ カゲチカ 〔姓〕平 【和】 〔称〕杢允・守樋・光阿 【和】 〔名〕新・景樹 【和】 [法名]梅仙堂光阿景新居士 【国1】 〔字〕志竜 【和】 〔号〕梅仙堂 【国1】光阿 【国続】( 【和】は通称),梅宣堂・梅仙 【和】梅月堂 【書】 [法名]梅仙堂光阿景新居士 【国1】 〔姓〕平 【和】
〔称〕杢允・守樋・光阿 【和】
〔名〕新・景樹 【和】
[法名]梅仙堂光阿景新居士 【国1】
〔字〕志竜 【和】
〔号〕梅宣堂・梅仙 【和】梅月堂 【書】梅仙堂 【国1】光阿 【国続】 11月23日、11月22日 元文4年<1739>11月23日 【国1】(一説に、元文4年<1739>11月22日 【和】) 74歳 【和】 -1739 山城国 京都 京都府 京都府 京都 【国1】 京都府 京都 【国1】 京都聞名寺 【国1】 清水谷実業・武者小路実陰 【和】 清水谷実業・武者小路実陰 【和】 国伝1,国伝続,国書人名辞典,和学者総覧.2768 〔柵一〇〕梅仙道と号し、京の人、宣阿の男、家風を守りて、和歌を善くす。元文世年十一月二十三日歿す。京都、聞名寺に葬る。法名を梅仙堂光阿景新居士といふ。(参考)香川景樹の條下、 〔京都名家墳墓録〕香川景新墓
同所。宣阿墓の西に隣れり、表面に、光阿梅仙堂平志龍之墓、左側に元文四年十一月二十二日と刻す、宣阿が男、家風を守る、夫人墓は其西に在り。 ・神作研一 「元禄の添削」(『近世文藝』81, 2005)
・笹生祥生 『正徳二年板行 陰徳太平記』「解題」(臨川書店, 1972) 国書,名家 史資料・解説

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