香川景樹
| 分野分類 CB | 宗教学・神道学 |
|---|---|
| 文化財分類 CB | 学術データベース |
| 資料形式 CB | テキストデータベース |
| 大分類 | 国学関連人物データベース |
| タイトル | 香川景樹 |
| +ヨミガナ / NAME / 性別 | カガワ カゲキ / KAGAWA KAGEKI / 男 |
| +小見出し | 香川黄中養子、徳大寺家諸大夫 |
| +別称 | 〔姓〕荒井・奥村 【和】平 【書】 〔称〕銀之助・真十郎・式部・長門介・肥後守 【和】 〔名〕純徳・景徳 【和】 〔号〕桂園・梅月堂・東塢亭・観鶩亭・臨淵社 【和】一月桜・万水桜 【書】 [法号]実参院悟阿在焉居士 【国2】 〔諡〕桂園霊神 【国2】 |
| +生年月日 | 明和5年<1768>4月10日 【国2】 |
| +没年月日 | 天保14年<1843>3月27日 【国続】 |
| +享年 | 76歳 【国続】 |
| +生国 | 因幡鳥取 【国2】 |
| +住国 | 因幡鳥取・京都 【国2】 |
| +墓地名 | 洛東聞名寺 【国2】 |
| +学統 | 清水貞固・香川黄中・小沢蘆庵 【和】 |
| +典拠 | 国伝2,国伝続,国書人名辞典,和学者総覧.2767 |
| +解説 | ■履歴 明和5年(1768)、鳥取藩士荒井小三次の次男に生まれ、同藩士奥村定賢に養育される。寛政5年(1793)、妻・包子とともに京都にて出る。寛政8年(1796)に徳大寺家の歌学宗匠であった香川景柄の養子となり、徳大寺家に仕る。なお、景柄とは、文化元年(1804)に離縁しているが、その後も、景樹は香川姓を用い、別に香川家を立てた。 ■学問動向 景樹は幼い頃から歌を好み、7歳にして始めて歌を詠む。15歳のとき百人一首の解説を歌の師である清水貞固に示す。のち、京都に出て、苦学の末、香川黄中(景柄)に認められ養子となる。また、黄中を通じて小澤蘆庵に指導をうけ、「先師」と仰いだ。ただし、正式な師弟関係を結ばなかったのは、景樹は香川家の人間であった為である。また、享和元年5月28日、6月7日には、京都滞在中の本居宣長と面会し、同行していた植松有信を交えて歌の贈答を行なっている。この時に景樹は、宣長を和歌や歌学の先輩として尊敬し、学恩に感謝している。また頼山陽らの文人とも交流を持っていた。享和元年の頃から香川家の家学であった二條派の和歌を離れた新たな歌論の構想が生れた。その歌の反響は、早くもその翌年には、村田春海と加藤千蔭が匿名で『筆のさが』を執筆し、景樹の歌を鄙俗であるとして批判したことに顕れ、のちに擬古典主義に立って雅なことばを用いることを徹底することを主張する一派と俗語による表現を取り入れようとする一派との論争(「雅俗論争」)に発展した。その後は貧窮に耐えながらも多くの門人を擁し、熊谷直好・木下幸文等の多くの門人を輩出した。やがて、桂園派は全国的に広がり、近世歌壇において大きな位置を占め、後の歌壇に大きな影響を与えた。これは、平易な言葉で歌を詠む態度が親しみやすかったことが、要因の一つと考えられている。 |
| +特記事項 | ■歌論 景樹の歌論は、擬古的・技巧的な歌、古語を用いることによって古代の和歌に似せようとする行為を否定した小澤蘆庵の歌論の延長線上にあたり、歌は平易な言葉で詠むことを説いたものである。同3年頃から「しらべ」の重視を説き、「歌は理るものにあらず、調ぶるものなり」(「随書師説」)と述べている。これは「しらべ」こそが、散文と歌を区別するものであるためである。景樹は『古今和歌集』を理想として桂園派歌論の立脚点とし、著作には真淵の万葉集を重視する歌論(『にひまなび』)に反駁した『新学異見』(文化8年:1811)や「随所師説」(『桂園大人詠草奥書』)が知られている。なお、景樹が随所に述べた論を分類して系統付けた『歌学提要』(内山真弓著)は近世歌壇を知る上で重要な書である。 ■著作 また、語注・考証よりも「しらべ」の上から『古今和歌集』の解明を試みた『古今和歌集正義』では、契沖、真淵、宣長らの説に対して独自の見解も見られる。歌集には自撰歌集である『桂園一枝』、没後に刊行された『桂園一枝拾遺』がある。この他、『土左日記創見』『万葉集捃解』などの著作がある。 |
| +史資料 | 〔三十六家 下〕 翁曽て、古今集を正しく解き得んことを深く志し夙夜研究して竟に古今集正義を著はす。其説たるや、契沖師の余材抄、縣伊居翁の打聴、鈴屋翁の遠鏡等、其他古註普ねく渉猟し、諸説の誤りを弁駁し、一己の見識を立て、大に新説を出し、古人未発の考へ最も多く、ことに歌の総論をいへるなど、また奇なり。人甚だ伏す。自ら曰く、歌はよむことの難きにあらず。よく詠むことの難きなりと、悦目抄に見えたれどしからず。そはよく詠むことの難きにあらず、よく知ることのかたきなり。これを知るときは、よく詠むことの難からじと。又いふ。先達いまだ、古今集の骨髄の妙味をしらず。故にまた詠歌の極意を解するなし。余その風致を知り得て、これを詠ずと。 |
| +辞書類 | 古学,国書,和歌,国史,神人,本居,大事典,名家 |
| コンテンツ権利区分 | CC BY-NC |
| 資料ID | 40414 |
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