小沢蘆庵

分野分類 CB宗教学・神道学
文化財分類 CB学術データベース
資料形式 CBテキストデータベース
大分類国学関連人物データベース
タイトル小沢蘆庵
+ヨミガナ / NAME / 性別オザワ ロアン / OZAWA ROAN / 男
+小見出し鷹司輔平に仕
+別名
+別称〔姓〕本荘・平 【和】本庄 【書】平民 【国1】
〔称〕帯刀 【国1】七郎 【和】大学 【書】
〔名〕玄仲 【国1】玄沖 【和】
〔号〕観荷堂 【国1】図南亭・孤鷗・七十童・八十童 【和】八九童 【書】
[法号]寂照院月江蘆庵居士 【国1】
+生年月日享保8年<1723> 【国1】
+没年月日享和元年<1801>7月11日 【国続】
+享年79歳 【国1】
+生国・住国
+生国・住国(現在地名)
+生国尾張 【国1】
+生国(現在地名)
+住国大坂・京都 【国1】
+住国(現在地名)
+墓地名京都北白川心性寺 【国1】
+墓地現在地
+学統冷泉為村
+典拠国伝1,国伝続,国書人名辞典,和学者総覧.1914
+解説目次
+解説
+特記事項
+参考文献
+史資料〔松屋叢話〕
小沢蘆庵は、いとやんごとなき歌人にて、蒿蹊、澄月、大愚法師、など都にきこえたるが中にも、ことにすぐれてぞありける。さしもはかせ也ける本居宣長も、都に歌人蘆庵あり。あづまに文人春海あり。わがくはだて及ぶべきにあらずとて、常にほめたゝへしといへり。
+史資料〈著作〉
+史資料〈碑文〉〔京都名家墳墓録〕小沢蘆庵墓
北白川、心性寺跡。白川天満宮前を北する約三町、左に石標在り、小沢蘆庵墓と刻す、従て道を左に取り西北に進む、町余、左方山麓第二の石標在り、藤村別荘の高壁に沿ひて登る十数間、突当に北面せる別荘在り島津氏別荘、心性寺の旧地なり、案内を得、庭園内を北進す、約百歩突当り一域を画せる墓域に達す、心性寺墓地歴代の僧塔等相並ぶ、其東北隅古松一株を植ゆる古塚の東に位し東面せるは翁か塋、自然石碑<長三、〇巾一、三>自然石台石上に立つ、表面に、小沢蘆庵墓と大きく刻す、翁名は玄中、蘆庵又観荷堂と号す、尾藩の人洛東岡崎に住し、冷泉為村の門に学び、一家を成す、享和元年七月十一日歿、年七十九、此処に葬る、寂照院月江蘆庵居士と云ふ。<菅政友全集雑稿二古学小伝>
+史資料〈その他〉
+辞書類古学,国書,和歌,国史,本居,大事典,名家
+和学者カード
-40400 国学関連人物データベース 36 1 CKP000060 小沢蘆庵 OZAWA ROAN 小沢蘆庵 OZAWA ROAN , 1914 京都名家墳墓録 小伝 国伝 全 35991 2009/05/15 kouju108 2020/10/19 teshina 本登録 0 鷹司輔平に仕 男 オザワ ロアン / OZAWA ROAN / 男 おざわ ろあん,本荘,本庄,平,帯刀,七郎,大学,玄冲,玄仲,観荷堂,図南亭,孤鴎,七十童,八十童,八九童,寂照院月江蘆庵居士 オザワ ロアン 〔姓〕本荘・平 【和】本庄 【書】平民 【国1】 〔称〕帯刀 【国1】・七郎 【和】・大学 【書】 〔名〕玄仲 【国1】玄沖 【和】 〔号〕観荷堂 【国1】図南亭・孤鷗・七十童・八十童 【和】・八九童 【書】 [法号]寂照院月江蘆庵居士 【国1】 〔姓〕本荘・平 【和】本庄 【書】平民 【国1】
〔称〕帯刀 【国1】七郎 【和】大学 【書】
〔名〕玄仲 【国1】玄沖 【和】
〔号〕観荷堂 【国1】図南亭・孤鷗・七十童・八十童 【和】八九童 【書】
[法号]寂照院月江蘆庵居士 【国1】 享保8年<1723> 【国1】 7月11日 享和元年<1801>7月11日 【国続】 79歳 【国1】 1723 - 1801 尾張 【国1】 大坂・京都 【国1】 京都北白川心性寺 【国1】 冷泉為村 冷泉為村 【国1】 国伝1,国伝続,国書人名辞典,和学者総覧.1914 〔松屋叢話〕
小沢蘆庵は、いとやんごとなき歌人にて、蒿蹊、澄月、大愚法師、など都にきこえたるが中にも、ことにすぐれてぞありける。さしもはかせ也ける本居宣長も、都に歌人蘆庵あり。あづまに文人春海あり。わがくはだて及ぶべきにあらずとて、常にほめたゝへしといへり。 〔京都名家墳墓録〕小沢蘆庵墓
北白川、心性寺跡。白川天満宮前を北する約三町、左に石標在り、小沢蘆庵墓と刻す、従て道を左に取り西北に進む、町余、左方山麓第二の石標在り、藤村別荘の高壁に沿ひて登る十数間、突当に北面せる別荘在り島津氏別荘、心性寺の旧地なり、案内を得、庭園内を北進す、約百歩突当り一域を画せる墓域に達す、心性寺墓地歴代の僧塔等相並ぶ、其東北隅古松一株を植ゆる古塚の東に位し東面せるは翁か塋、自然石碑<長三、〇巾一、三>自然石台石上に立つ、表面に、小沢蘆庵墓と大きく刻す、翁名は玄中、蘆庵又観荷堂と号す、尾藩の人洛東岡崎に住し、冷泉為村の門に学び、一家を成す、享和元年七月十一日歿、年七十九、此処に葬る、寂照院月江蘆庵居士と云ふ。<菅政友全集雑稿二古学小伝> 古学,国書,和歌,国史,本居,大事典,名家 史資料 享保(1716-1736) 元文(1736-1741) 寛保(1741-1744) 延享(1744-1748) 寛延(1748-1751) 宝暦(1751-1764) 明和(1764-1772) 安永(1772-1781) 天明(1781-1789) 寛政(1789-1801) 享和(1801-1804)

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