松下見林

分野分類 CB宗教学・神道学
文化財分類 CB学術データベース
資料形式 CBテキストデータベース
大分類国学関連人物データベース
タイトル松下見林
+ヨミガナ / NAME / 性別マツシタ ケンリン / MATSUSHITA KENRIN / 男
+小見出し医家、高松藩に仕
+別名
+別称〔姓〕橘 【国1】
〔名〕秀明 【国1】慶 【国続】
〔字〕諸生 【和】
〔号〕西峰山人 【国1】
+生年月日寛永14年<1637>1月1日 【国1】
+没年月日元禄16年<1703>12月 7日 【国1】
+享年67歳 【国1】
+生国・住国
+生国・住国(現在地名)
+生国大坂 【和】
+生国(現在地名)
+住国京都 【和】
+住国(現在地名)
+墓地名内野大雄寺 【国1】
+墓地現在地
+学統古林見宜
+典拠国伝1,国書人名辞典,和学者総覧.9620
+解説目次
+解説
+特記事項
+参考文献
+史資料〔先哲叢談後編三〕
見林毎年。使人往于長崎。購求舶来書籍而自閲之。亦使子弟之読故其所儲蔵。兼辨彼我殆十万巻。雖未熟知之人。有就請借覚者。不言親疎。遣之専従其所欲而止。敢無愛吝之色。見林志留于我土典詁。以儒医居。蓋當時文学未甚闡詞翰之美雖不足稱。講学各家。能可以覩辨別本末我土自昔。明経記傳兼学互習。名於専門縉紳之家相傳述之。記傳謂我土之正史實録也。今時学者。徒知読班馬諸史以下。能明彼海外之群籍還暗於我土記傳可謂不知本。見林巳着眼此。誘後進云。見林当講業於平安時。同唱記傳之学者。若白井宗因。和田宗翁(字以悦。號一華堂。播磨人。移居京師。)弟宗允(字子誠。號静觀窩。後仕于籠野)黒川道祐(字玄逸。號梅林。大和人。)等。皆同其趣旨就中見林最有傳洽聲。見林甞校正三代實録。遂刊行之。盖當時購華本。奇編珍籍。雖巻帙多者。無求不到。故易不手於此。至于我土記傳。先是無刊者。悉以寫本傳。僅蔵於神社仏閣之什物。或存于搢神奮葉之儲秘購索最難。見林自在此学世永其受賜。省捜討訪探労。興騰寫對鈔之煩豈不偉矣。
+史資料〈著作〉
+史資料〈碑文〉
+史資料〈その他〉
+辞書類古学,国書,神大,国史,神人,神史,大事典,名家
+和学者カード
-40387 国学関連人物データベース 36 1 CKP000047 松下見林 MATSUSHITA KENRIN 松下見林 MATSUSHITA KENRIN , 9620 小伝 国伝 全 35978 2009/05/15 kouju108 2020/10/19 teshina 本登録 0 医家、高松藩に仕 男 マツシタ ケンリン / MATSUSHITA KENRIN / 男 まつした けんりん,橘,秀明,慶,慶摂,諸生,西峰山人 マツシタ ケンリン 〔姓〕橘 【国1】 〔名〕秀明 【国1】慶 【国続】 〔字〕諸生 【和】 〔号〕西峰山人 【国1】 〔姓〕橘 【国1】
〔名〕秀明 【国1】慶 【国続】
〔字〕諸生 【和】
〔号〕西峰山人 【国1】 1月 1日 寛永14年<1637>1月1日 【国1】 12月7日 元禄16年<1703>12月 7日 【国1】 67歳 【国1】 1637 - 1703 大坂 【和】 京都 【和】 内野大雄寺 【国1】 古林見宜 古林見宜 【国1】 国伝1,国書人名辞典,和学者総覧.9620 〔先哲叢談後編三〕
見林毎年。使人往于長崎。購求舶来書籍而自閲之。亦使子弟之読故其所儲蔵。兼辨彼我殆十万巻。雖未熟知之人。有就請借覚者。不言親疎。遣之専従其所欲而止。敢無愛吝之色。見林志留于我土典詁。以儒医居。蓋當時文学未甚闡詞翰之美雖不足稱。講学各家。能可以覩辨別本末我土自昔。明経記傳兼学互習。名於専門縉紳之家相傳述之。記傳謂我土之正史實録也。今時学者。徒知読班馬諸史以下。能明彼海外之群籍還暗於我土記傳可謂不知本。見林巳着眼此。誘後進云。見林当講業於平安時。同唱記傳之学者。若白井宗因。和田宗翁(字以悦。號一華堂。播磨人。移居京師。)弟宗允(字子誠。號静觀窩。後仕于籠野)黒川道祐(字玄逸。號梅林。大和人。)等。皆同其趣旨就中見林最有傳洽聲。見林甞校正三代實録。遂刊行之。盖當時購華本。奇編珍籍。雖巻帙多者。無求不到。故易不手於此。至于我土記傳。先是無刊者。悉以寫本傳。僅蔵於神社仏閣之什物。或存于搢神奮葉之儲秘購索最難。見林自在此学世永其受賜。省捜討訪探労。興騰寫對鈔之煩豈不偉矣。 古学,国書,神大,国史,神人,神史,大事典,名家 〔近著 五〕習医規格,運気論疏抄,本朝学原,異称日本伝,前王廟陵記,国朝佳節録,評閲神代巻,公事根源集釈,神国童蒙先習,職原抄参考,見宜翁伝,太玉命社記,三代実録,〔慶著 和〕日本紀標註,神国学原攷,読史随録,国朝佳節録補遺,国郡諸記分類,咄覚集,文原,雑説考,医案,西峯筆記,〔編者補〕祓勤仕儀式 史資料

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