清水浜臣

分野分類 CB宗教学・神道学
文化財分類 CB学術データベース
資料形式 CBテキストデータベース
大分類国学関連人物データベース
タイトル清水浜臣
+ヨミガナ / NAME / 性別シミズ ハマオミ / SHIMIZU HAMAOMI / 男
+小見出し医家
+別名
+別称〔姓〕藤原 【国2】
〔称〕元長 【国2】玄長 【和】
〔名〕近義 【和】
〔号〕泊洦舎・月斎 【国2】
[法号]釈道融信士 【書】
+生年月日安永5年<1776> 【国2】
+没年月日文政7年<1824>閏8月17日 【国続】
+享年49歳 【国2】
+生国・住国
+生国・住国(現在地名)
+生国江戸飯田町 【書】
+生国(現在地名)
+住国下谷西茅町裏・江戸不忍池畔 【書】
+住国(現在地名)
+墓地名浅草東本願寺中善照寺 【国続】武蔵狭山安穏寺
+墓地現在地
+学統村田春海 【国2】
+典拠国伝2,国伝続,国書人名辞典,和学者総覧.4933
+解説目次
+解説
+特記事項
+参考文献
+史資料〔近世三十六家略伝〕(下)
浜臣翁は清水氏にして、通称玄長、泊洦舎(サヽナミノヤ)と号す、江戸の人なり不忍の池辺に卜(ホク)居すゆゑに泊洦(ささなみ)の号あり、医をもつて業とす、幼より歌を好ミ、村田春海に従ひ、古学を研究し後畢に一家をなして精妙にいたる、翁為レ人温厚にして人とあらそはず従ひ学ふの徒には愍切に教示す、ゆゑに其名一世に高く、門に遊ふのもの頗多し、こゝに於て権門貴族(けんもんきそく)これを延て寵(ちょう)を異(こと)にたまふ最も多し、関宿候、林田候、など殊に礼を厚くしたまふ、既に翁の家集の序を両候、和漢の金玉をもつて、書たまひしなとまた一の盛事といふべし、其林田候の序に曰く、「あはれ大なるかも、うつせみの世の中に、有人高きもいやしき老たるも若きもなへて歌よむといふはかりなるきはし、我大人の古こと学の道にすくれていそいそしかりしことをしれり、またいと若かりし頃、織錦斎の翁に就て、古ことまなひにふかくこゝろを入られしより、文机のほとりさらず、ひるもしみゝに窓のもとに、星の光をむかへ、夜もすがらに燈火の影しらミ行までつとめ、あかして、いさゝかも怠りなく、とひまなばれしこと、二十年あまり、終に雄々しく風流(ミやび)たる古人の日本魂(やまとたましゐ)をさながらうまく、己が心とはせられにけり、翁なくなりて後は、世の中のふること学びするともがらおほくこの大人につき従ひぬ」などあり、時に文政七年八月十七日没す、年四十九なり門人大に歎惜(たんさく)し礼を厚くして葬る、翁普ねく県居門の遺稿と題して刊刻し世に流布せしむ、翁著す所の書 杉田日記 後撰和歌集補注 後撰集附考 月詣和歌集標註 唐物語標註 古葉菅根集 中葉菅根集 近葉菅根集 泊洦葦話 源氏物語名寄図考 在満家謌合校正等あり其他未稿のもの夥(おほ)し家に伝ふと
+史資料〈著作〉
+史資料〈碑文〉
+史資料〈その他〉
+辞書類古学,和歌,国史,大事典,名家
+和学者カード
-40373 国学関連人物データベース 36 1 CKP000033 清水浜臣 SHIMIZU HAMAOMI 清水浜臣 SHIMIZU HAMAOMI , 4933 小伝 国伝 全 35964 2009/05/15 kouju108 2020/10/19 teshina 本登録 0 医家 男 シミズ ハマオミ / SHIMIZU HAMAOMI / 男 しみず はまおみ,藤原,元長,玄長,近義,泊洦舎,月斎,釈道融信士 シミズ ハマオミ 〔姓〕藤原 【国2】 〔称〕元長 【国2】玄長 【和】 〔名〕近義 【和】 〔号〕泊洦舎・月斎 【国2】 [法号]釈道融信士 【書】 〔姓〕藤原 【国2】
〔称〕元長 【国2】玄長 【和】
〔名〕近義 【和】
〔号〕泊洦舎・月斎 【国2】
[法号]釈道融信士 【書】 安永5年<1776> 【国2】 閏8月17日 文政7年<1824>閏8月17日 【国続】 49歳 【国2】 1776 - 1824 武蔵国 江戸飯田町 , 下谷西茅町裏・江戸不忍池畔 東京都 江戸飯田町 【書】 下谷西茅町裏・江戸不忍池畔 【書】 浅草東本願寺中善照寺 【国続】武蔵狭山安穏寺 村田春海 【国2】 村田春海 【国2】 国伝2,国伝続,国書人名辞典,和学者総覧.4933 〔近世三十六家略伝〕(下)
浜臣翁は清水氏にして、通称玄長、泊洦舎(サヽナミノヤ)と号す、江戸の人なり不忍の池辺に卜(ホク)居すゆゑに泊洦(ささなみ)の号あり、医をもつて業とす、幼より歌を好ミ、村田春海に従ひ、古学を研究し後畢に一家をなして精妙にいたる、翁為レ人温厚にして人とあらそはず従ひ学ふの徒には愍切に教示す、ゆゑに其名一世に高く、門に遊ふのもの頗多し、こゝに於て権門貴族(けんもんきそく)これを延て寵(ちょう)を異(こと)にたまふ最も多し、関宿候、林田候、など殊に礼を厚くしたまふ、既に翁の家集の序を両候、和漢の金玉をもつて、書たまひしなとまた一の盛事といふべし、其林田候の序に曰く、「あはれ大なるかも、うつせみの世の中に、有人高きもいやしき老たるも若きもなへて歌よむといふはかりなるきはし、我大人の古こと学の道にすくれていそいそしかりしことをしれり、またいと若かりし頃、織錦斎の翁に就て、古ことまなひにふかくこゝろを入られしより、文机のほとりさらず、ひるもしみゝに窓のもとに、星の光をむかへ、夜もすがらに燈火の影しらミ行までつとめ、あかして、いさゝかも怠りなく、とひまなばれしこと、二十年あまり、終に雄々しく風流(ミやび)たる古人の日本魂(やまとたましゐ)をさながらうまく、己が心とはせられにけり、翁なくなりて後は、世の中のふること学びするともがらおほくこの大人につき従ひぬ」などあり、時に文政七年八月十七日没す、年四十九なり門人大に歎惜(たんさく)し礼を厚くして葬る、翁普ねく県居門の遺稿と題して刊刻し世に流布せしむ、翁著す所の書 杉田日記 後撰和歌集補注 後撰集附考 月詣和歌集標註 唐物語標註 古葉菅根集 中葉菅根集 近葉菅根集 泊洦葦話 源氏物語名寄図考 在満家謌合校正等あり其他未稿のもの夥(おほ)し家に伝ふと 古学,和歌,国史,大事典,名家 [慶著 和]源氏物語名寄図考,伊勢物語俚言解,唐物語標註,万葉集考註,月詣和歌集標註,古葉菅根集,中葉菅根集,近葉菅根集,自撰漫吟集,自撰晩花集,県門遺稿,泊洦舎家集,浜臣家集,皇朝喩林,語林類葉,字説辨誤私考,據字造語抄,古文類聚,旅路の抄聞,杉田日記,庚子道の記標註,総常紀行,遊京漫録,朝敵辨,答問雑録,清石問答,泊洦筆話,[編者 補]つくばね日記,人名歌抄,増補標註古言梯,伊勢物語添註,荷田在満家歌合  史資料 安永(1772-1781) 天明(1781-1789) 寛政(1789-1801) 享和(1801-1804) 文化(1804-1818) 文政(1818-1830)

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