村田春海

分野分類 CB宗教学・神道学
文化財分類 CB学術データベース
資料形式 CBテキストデータベース
大分類国学関連人物データベース
タイトル村田春海
+ヨミガナ / NAME / 性別ムラタ ハルミ / MURATA HARUMI / 男
+小見出し村田春道二男、干鰯問屋、松平定信に仕
+別名
+別称〔姓〕阪・平 【和】
〔称〕伝蔵・大学・昌和・治兵衛・平四郎 【和】
〔字〕士観 【和】
〔号〕琴後翁・識錦舎・織錦舎・漁長・浅草里人 【和】錦織斎 【国1】
+生年月日延享3年<1746> 【国1】
+没年月日文化8年<1811>2月13日 【国1】
+享年66歳 【国1】
+生国・住国江戸日本橋小舟町 【書】
+生国・住国(現在地名)東京都
+生国
+生国(現在地名)
+住国
+住国(現在地名)
+墓地名江戸深川本誓寺 【書】
+墓地現在地
+学統賀茂真淵・皆川淇園・鵜殿士寧 【国1】服部白賁 【書】
+典拠国伝1,国伝続,国書人名辞典,和学者総覧.10403
+解説目次
+解説
+特記事項
+参考文献
+史資料〔三十六家下〕
服部仲英に従ひ、後、鵜殿士寧に就き、また京師に出でゝは、皆川淇園にも就て疑ひを問ふ。普く有名お儒家と交りて、博学淹通、和漢に通ず。故に文章を作るに至ては、趣意を漢土に取り、詞を皇国にもとめて、別に一体を開きたり。

〔三十六家下〕
伯、春郷と倶に県居の門に入り、古学を勉め、また歌に妙なり。其文詞においては、実に近世に超出して、一家の妙を究む。
〔琴後集続言〕此道々にゆきとほりて、萬たどゝゞしからぬは、独我師、にしごりのやの翁のみなむおはしける。翁こゝのことは、すべて県居の大人に、とひきかれたる由は、誰もよくしれる事なればいはじ。もろこしまなびは、はじめ、服部仲英ぬしに、名簿おくられしを、仲英ぬし身まかられては、鵜殿士寧ぬしに随ひ、中ごろ都に上りて、皆川伯恭ぬしにとひ聞かれし事多く、又後には、佐々木学儒、安達文仲などいへる、世にすぐれたる博士だちに、あした夕べ、睦びともなはれしかば、から歌にも、其名聞えて、なまゝゝの博士、口あかすまじくなむおはしける。(清水濱臣)

〔続近世叢話二〕
春海嘗論道云。我邦之所レ道。周公孔子之道。舎周公孔子之道。而別取道於我太古。吾未之聞也。故和字非我字。假漢字。充我音也。衣服冠冕。皆隋唐制度也。百官有司。皆学唐制稍変之也。律令格式。
+史資料〈著作〉
+史資料〈碑文〉
+史資料〈その他〉
+辞書類古学,国書,和歌,国史,神人,神史,本居,大事典,名家
+和学者カード
-40372 国学関連人物データベース 36 1 CKP000032 村田春海 MURATA HARUMI 村田春海 MURATA HARUMI , 10403 小伝 国伝 全 35963 2009/05/15 kouju108 2020/10/19 teshina 本登録 0 村田春道二男、干鰯問屋、松平定信に仕 男 ムラタ ハルミ / MURATA HARUMI / 男 むらた はるみ,平,阪,平四郎,伝蔵,大学,昌和,治兵衛,士観,サチマロ,琴後翁,コトジリノオウ,錦織斎,ニシゴリノヤノアルジ,識錦舎,織錦舎,漁長,浅草里人 ムラタ ハルミ 〔姓〕平 【国1】阪 【和】 〔称〕平四郎 【国1】伝蔵・大学・昌和・治兵衛 【和】 〔字〕士観(サチマロ) 【国1】 〔号〕琴後翁(コトジリノオウ)・錦織斎(ニシゴリノヤノアルジ) 【国2】識錦舎・織錦舎・漁長・浅草里人 【和】 〔姓〕阪・平 【和】
〔称〕伝蔵・大学・昌和・治兵衛・平四郎 【和】
〔字〕士観 【和】
〔号〕琴後翁・識錦舎・織錦舎・漁長・浅草里人 【和】錦織斎 【国1】 延享3年<1746> 【国1】 2月13日 文化8年<1811>2月13日 【国1】 66歳 【国1】 1746 - 1811 武蔵国 武蔵江戸日本橋小舟町 東京都 江戸日本橋小舟町 【書】 東京都 江戸日本橋小舟町 【書】 江戸深川本誓寺 【書】 賀茂真淵・皆川淇園・鵜殿士寧 【国1】服部白賁 【書】 賀茂真淵・皆川淇園・鵜殿士寧 【国1】服部白賁 【書】 国伝1,国伝続,国書人名辞典,和学者総覧.10403 〔三十六家下〕
服部仲英に従ひ、後、鵜殿士寧に就き、また京師に出でゝは、皆川淇園にも就て疑ひを問ふ。普く有名お儒家と交りて、博学淹通、和漢に通ず。故に文章を作るに至ては、趣意を漢土に取り、詞を皇国にもとめて、別に一体を開きたり。

〔三十六家下〕
伯、春郷と倶に県居の門に入り、古学を勉め、また歌に妙なり。其文詞においては、実に近世に超出して、一家の妙を究む。
〔琴後集続言〕此道々にゆきとほりて、萬たどゝゞしからぬは、独我師、にしごりのやの翁のみなむおはしける。翁こゝのことは、すべて県居の大人に、とひきかれたる由は、誰もよくしれる事なればいはじ。もろこしまなびは、はじめ、服部仲英ぬしに、名簿おくられしを、仲英ぬし身まかられては、鵜殿士寧ぬしに随ひ、中ごろ都に上りて、皆川伯恭ぬしにとひ聞かれし事多く、又後には、佐々木学儒、安達文仲などいへる、世にすぐれたる博士だちに、あした夕べ、睦びともなはれしかば、から歌にも、其名聞えて、なまゝゝの博士、口あかすまじくなむおはしける。(清水濱臣)

〔続近世叢話二〕
春海嘗論道云。我邦之所レ道。周公孔子之道。舎周公孔子之道。而別取道於我太古。吾未之聞也。故和字非我字。假漢字。充我音也。衣服冠冕。皆隋唐制度也。百官有司。皆学唐制稍変之也。律令格式。 古学,国書,和歌,国史,神人,神史,本居,大事典,名家 〔近著 四〕仮字拾要,歌苑古題類抄,かさねの色合,涼月遺艸,与稲掛大平書,重与稲掛大平書,作文通弊, 和学大概,斎明紀童謡考後按,五十音弁誤,字合称呼考,椿太詣記,神通志,仮字大意抄,字鏡考證,琴後集,〔慶著 和〕わかかづら,西土国習考,不問語,明道書,歌語,怜野集拾遺,古人贈答歌抄,錦織雑記,仙語記,筆のさが,〔編者補〕字説弁誤,天字続方考,増補標註古言梯,笠志船物語旁註, 史資料 延享(1744-1748) 寛延(1748-1751) 宝暦(1751-1764) 明和(1764-1772) 安永(1772-1781) 天明(1781-1789) 寛政(1789-1801) 享和(1801-1804) 文化(1804-1818)

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