上田秋成

分野分類 CB宗教学・神道学
文化財分類 CB学術データベース
資料形式 CBテキストデータベース
大分類国学関連人物データベース
タイトル上田秋成
+ヨミガナ / NAME / 性別ウエダ アキナリ / UEDA AKINARI / 男
+小見出し医家
+別名
+別称〔称〕仙次郎・東作 【和】
〔号〕余斎・漁焉・休西・鶉居・鶉廼家・無膓・和訳太郎・剪枝畸人・三余亭 【和】無膓居士 【国1】
+生年月日享保19年<1734> 【国続】(一説に、享保19年<1734>6月25日 【書】)
+没年月日文化6年<1809>6月27日 【国続】
+享年76歳 【和】
+生国・住国
+生国・住国(現在地名)
+生国大坂曽根崎 【書】
+生国(現在地名)
+住国京都・(摂津)長柄水浜 【国1】
+住国(現在地名)
+墓地名洛東南禅寺中西福寺 【国1】摂津加島稲荷また京都西福寺 【書】
+墓地現在地
+学統加藤宇万伎,下冷泉家
+典拠国伝1,国伝続,国書人名辞典,和学者総覧.1503
+解説目次
+解説
+特記事項
+参考文献
+史資料〔三十六家 上〕
古学、歌を専門とす。初め藤原宇万枝門に入り、博文強記にして、眼に過ぐれば誦となす。こゝを以て、また書を蔵せず。室中唯一二の茶具あるのみ。翁人と為り、狷介峭直にして、富貴をみること腐臭の如く、俗士をして〓(虫に差)蜋となす。凡て世に順ふ事を欲せず。妄に人と交らず。或時門人某、翁の著書を写し、持ち行きて、其疑あるのふしを質問せんとするに、忽其書を奪ひ取り、碎裂して曰く、斯の如き妄説を後世に遣し、覧者に疑惑を生ぜしむ。宜しからざる所なりと。平日机の辺りに藤簍をおきて、著述する所のもの、ことごとく其中に投ず。一日著す所の、万葉集注、及、筆記八十余巻、凡て徒に命じて廃井中に投ず。友人村瀬拷亭、これを聞き、嘆惜して其故を問ふに、翁笑つて曰く、一時の漫筆、意に未だ尽きざるもの甚多し。しかるに年既に老いて、刪修の功に就くこと能はず。且、夢中に夢を説き、痴人に向ふと、これを井中に投じて、我こころを清めんにしかじと。後友人昇道に謂つて曰く、僕不才、且、不幸、しらず齢七旬たり。現に夢路を行くに等し。今や此年をして、吾生涯とす。文字の縁一切これを絶つ。今よりして後、昨日の吾にあらず。唯嬰児の遊戯をなして、天年を終らんのみ。ここに於て、南禅寺中、西福寺に卜し、墓地を紅梅樹下に設け、且、棺を造りて寺僧に託す。
+史資料〈著作〉
+史資料〈碑文〉
+史資料〈その他〉
+辞書類古学,国書,和歌,国史,本居,大事典,名家
+和学者カード
-40356 国学関連人物データベース 36 1 CKP000016 上田秋成 UEDA AKINARI 上田秋成 UEDA AKINARI , 1503 小伝 国伝 全 35947 2009/05/15 kouju108 2020/10/19 teshina 本登録 0 医家 男 ウエダ アキナリ / UEDA AKINARI / 男 うえだ あきなり,余斎,鶉居,無膓居士,休西,鶉廼家,漁焉,和訳太郎,剪枝畸人,三余亭 ウエダ アキナリ 〔称〕仙次郎・東作 【国1】 〔号〕余斎・休西・鶉廼家・鶉居・無膓居士 【国1】無膓・漁焉・和訳太郎・剪枝畸人・三余亭 【和】 〔称〕仙次郎・東作 【和】
〔号〕余斎・漁焉・休西・鶉居・鶉廼家・無膓・和訳太郎・剪枝畸人・三余亭 【和】無膓居士 【国1】 44007 享保19年<1734> 【国続】(一説に、享保19年<1734>6月25日 【書】) 6月27日 文化6年<1809>6月27日 【国続】 76歳 【和】 1732 - 1809 摂津国 山城国 大坂曽根崎, 京都南禅寺・摂津長柄水浜 大坂曽根崎 【書】 京都・(摂津)長柄水浜 【国1】 洛東南禅寺中西福寺 【国1】摂津加島稲荷また京都西福寺 【書】 加藤宇万伎,下冷泉家 加藤宇万伎 【和】下冷泉家 【書】 国伝1,国伝続,国書人名辞典,和学者総覧.1503 〔三十六家 上〕
古学、歌を専門とす。初め藤原宇万枝門に入り、博文強記にして、眼に過ぐれば誦となす。こゝを以て、また書を蔵せず。室中唯一二の茶具あるのみ。翁人と為り、狷介峭直にして、富貴をみること腐臭の如く、俗士をして〓(虫に差)蜋となす。凡て世に順ふ事を欲せず。妄に人と交らず。或時門人某、翁の著書を写し、持ち行きて、其疑あるのふしを質問せんとするに、忽其書を奪ひ取り、碎裂して曰く、斯の如き妄説を後世に遣し、覧者に疑惑を生ぜしむ。宜しからざる所なりと。平日机の辺りに藤簍をおきて、著述する所のもの、ことごとく其中に投ず。一日著す所の、万葉集注、及、筆記八十余巻、凡て徒に命じて廃井中に投ず。友人村瀬拷亭、これを聞き、嘆惜して其故を問ふに、翁笑つて曰く、一時の漫筆、意に未だ尽きざるもの甚多し。しかるに年既に老いて、刪修の功に就くこと能はず。且、夢中に夢を説き、痴人に向ふと、これを井中に投じて、我こころを清めんにしかじと。後友人昇道に謂つて曰く、僕不才、且、不幸、しらず齢七旬たり。現に夢路を行くに等し。今や此年をして、吾生涯とす。文字の縁一切これを絶つ。今よりして後、昨日の吾にあらず。唯嬰児の遊戯をなして、天年を終らんのみ。ここに於て、南禅寺中、西福寺に卜し、墓地を紅梅樹下に設け、且、棺を造りて寺僧に託す。 古学,国書,和歌,国史,本居,大事典,名家 冠辞考続貂,落くぼ物語校,伊勢物語古意校,よしやあしや,県居歌集校,静舎歌集校,万葉集見安補注池永秦良筆記,霊語通,古今集打聴校補,大和物語校[近著.四] 癇癖談くせものがたり,漢委奴王金印考,水やり花,御嶽草紙,春日物語,雨月物語,夏野の露,諸芸聞耳世間猿[慶著.和] 清風瑣言[編者 補] 史資料 享保(1716-1736) 元文(1736-1741) 寛保(1741-1744) 延享(1744-1748) 寛延(1748-1751) 宝暦(1751-1764) 明和(1764-1772) 安永(1772-1781) 天明(1781-1789) 寛政(1789-1801) 享和(1801-1804) 文化(1804-1818)

この資料に関連する資料

PageTop