今井 似閑

分野分類 CB宗教学・神道学
文化財分類 CB学術データベース
資料形式 CBテキストデータベース
大分類国学関連人物データベース
タイトル今井 似閑
+ヨミガナ / NAME / 性別イマイ ジカン / IMAI JIKAN / 男
+小見出し
+別名
+別称〔称〕小四郎・市兵衛・円雄 【和】
〔号〕見牛偃鼠亭 【国1】自閑
[屋号]播磨屋善衛兵(善兵衛カ) 【国続】大字屋 【和】
+生年月日明暦3年<1657> 【国続】
+没年月日享保8年<1723>10月4日 【国続】
+享年67歳 【国続】
+生国・住国
+生国・住国(現在地名)
+生国京都 【国1】
+生国(現在地名)
+住国六波羅の東、阿仏屋敷 【国1】
+住国(現在地名)
+墓地名東山黒谷 【国続】
+墓地現在地
+学統契沖 【国1】宮川松堅 【国続】木瀬三之,松下見林,下河辺長流
+典拠国伝1,国伝続,和学者総覧.1290
+解説目次
+解説
+特記事項
+参考文献
+史資料〔続人物 下〕
今井似閑、一に見牛と号す。京師の人、六波羅の東に隠居す。国学を契沖に学び万葉緯を著す。死に臨んで蔵する所の書を加茂の神庫に収む。みな契沖の本なり。

〔古学 上〕
四十ノ自賀序ニ云。六波羅寺ノ東ニ、田ハタケノアレタル所ニ、カリイホバカリナル屋ニ住ム翁オノレハ始メ、オヤノオコシツル、家ヲコノカミフタリノツギキタレルガ、時アリテ、オトロヘントスルサマニナレルヲ、ウケツタヘテ、廿年アマリ、タヾコレヲモテナヤミツルニ、ヤウヘタチナホルホドニナリテ、コヽニハウウツレルナリケリ。ソノホドノ事ハ、サキニカケル、ムロノ早ワセニ、オロヘホニ出シツ。今年四十ニミチヌレバ、今ノ家ギミトアル人、祝フワザトテ、弥生ノ花柳サカエニサカエテ、面白キ折、古キタメシ一ツ二ツダニトテ、寿命経四十巻ヲ、法師ヲシテ各ヨマセ、ノチ、アル尊キ寺ニヲサム。銭四貫ヲカタ井ドモニトラス。翁ノ年ゴロ、睦マジクスル友ダチ、ツドハシムレバ、コレモカレモムレキテ、見ルモノ聞クモノニツケテゾ、イハフメル。サルアヒダマニ、マフケヲ出セバ、心地ヨゲニ飲ミ食フアマリ、アルハホテウチタヽキ、アルハオソブク。ハラツヾミ、クチブエ、皆ヨク鳴リテ、今日ノガクニアタレリナド、マラウドモ、翁モ笑ヒクツガヘレバ、ツドフワラワベハマタ顔ツキヲ見テ、ヲカシトニヤアラン、ソデグチナドクハヘテホホエミ。花モノイハネド、カズヲシラヌバカリチリタルハ、コレヨリ後ノヨハヒニクラベズヤ。柳風ニマフハ、ナニヲ見聞キシリテカ、ハラツヾミニハカナヘルナラン。ウタハズバ、老ノ極マルナゲキ、イタラントイヘル、昔シ人モアレバ、イザイカニシテ、コシヲレヌモノモガナトテ、マヅ翁ヨリヤマトウタニカヽレリ。「花見つゝ、われだにうき身、わするゝを、誰としりてか、おいらくはこん。(コレハ契沖師ノ代歌ナリ)ナニハワタリニ、契沖ト云法師ノモトニ、聞エタレバ、読テオコセタル、「老のくる、道は霞に立さへん、世のありかずに、ちる花は見よ。」
 萩原広道云。似閑ガ師ノ六十ヲ祝ヒテ、アルジマウケシタル、ゲニマメヤカニキコユ。
 オトロヘタル家ヲツギオコシテ、ヲイニユヅリタルナド、イミジクユカシキ人ナリ。
+史資料〈著作〉
+史資料〈碑文〉
+史資料〈その他〉
+辞書類古学, 国書, 神大, 和歌, 国史, 神人, 大事典, 名家
+和学者カード
-40343 国学関連人物データベース 36 1 CKP000003 今井 似閑 IMAI JIKAN 今井似閑 IMAI JIKAN , 1290 小伝 国伝 全 35934 2009/05/15 kouju108 2020/10/19 teshina 本登録 0 男 イマイ ジカン / IMAI JIKAN / 男 いまい じかん,小四郎,市兵衛,円雄,見牛偃鼠亭,自閑,播磨屋善衛兵,善兵衛カ,大字屋 イマイ ジカン 〔称〕小四郎・市兵衛・円雄 〔号〕見牛偃鼠亭 【国1】自閑 [屋号]播磨屋善衛兵(善兵衛カ) 【国続】大字屋 【和】 〔称〕小四郎・市兵衛・円雄 【和】
〔号〕見牛偃鼠亭 【国1】自閑
[屋号]播磨屋善衛兵(善兵衛カ) 【国続】大字屋 【和】 明暦3年<1657> 【国続】 10月4日 享保8年<1723>10月4日 【国続】 67歳 【国続】 1657 - 1723 京都 【国1】 六波羅の東、阿仏屋敷 【国1】 東山黒谷 【国続】 契沖 【国1】宮川松堅 【国続】木瀬三之,松下見林,下河辺長流 契沖 【国1】宮川松堅 【国続】木瀬三之・松下見林・下河辺長流 【和】 国伝1,国伝続,和学者総覧.1290 〔続人物 下〕
今井似閑、一に見牛と号す。京師の人、六波羅の東に隠居す。国学を契沖に学び万葉緯を著す。死に臨んで蔵する所の書を加茂の神庫に収む。みな契沖の本なり。

〔古学 上〕
四十ノ自賀序ニ云。六波羅寺ノ東ニ、田ハタケノアレタル所ニ、カリイホバカリナル屋ニ住ム翁オノレハ始メ、オヤノオコシツル、家ヲコノカミフタリノツギキタレルガ、時アリテ、オトロヘントスルサマニナレルヲ、ウケツタヘテ、廿年アマリ、タヾコレヲモテナヤミツルニ、ヤウヘタチナホルホドニナリテ、コヽニハウウツレルナリケリ。ソノホドノ事ハ、サキニカケル、ムロノ早ワセニ、オロヘホニ出シツ。今年四十ニミチヌレバ、今ノ家ギミトアル人、祝フワザトテ、弥生ノ花柳サカエニサカエテ、面白キ折、古キタメシ一ツ二ツダニトテ、寿命経四十巻ヲ、法師ヲシテ各ヨマセ、ノチ、アル尊キ寺ニヲサム。銭四貫ヲカタ井ドモニトラス。翁ノ年ゴロ、睦マジクスル友ダチ、ツドハシムレバ、コレモカレモムレキテ、見ルモノ聞クモノニツケテゾ、イハフメル。サルアヒダマニ、マフケヲ出セバ、心地ヨゲニ飲ミ食フアマリ、アルハホテウチタヽキ、アルハオソブク。ハラツヾミ、クチブエ、皆ヨク鳴リテ、今日ノガクニアタレリナド、マラウドモ、翁モ笑ヒクツガヘレバ、ツドフワラワベハマタ顔ツキヲ見テ、ヲカシトニヤアラン、ソデグチナドクハヘテホホエミ。花モノイハネド、カズヲシラヌバカリチリタルハ、コレヨリ後ノヨハヒニクラベズヤ。柳風ニマフハ、ナニヲ見聞キシリテカ、ハラツヾミニハカナヘルナラン。ウタハズバ、老ノ極マルナゲキ、イタラントイヘル、昔シ人モアレバ、イザイカニシテ、コシヲレヌモノモガナトテ、マヅ翁ヨリヤマトウタニカヽレリ。「花見つゝ、われだにうき身、わするゝを、誰としりてか、おいらくはこん。(コレハ契沖師ノ代歌ナリ)ナニハワタリニ、契沖ト云法師ノモトニ、聞エタレバ、読テオコセタル、「老のくる、道は霞に立さへん、世のありかずに、ちる花は見よ。」
 萩原広道云。似閑ガ師ノ六十ヲ祝ヒテ、アルジマウケシタル、ゲニマメヤカニキコユ。
 オトロヘタル家ヲツギオコシテ、ヲイニユヅリタルナド、イミジクユカシキ人ナリ。 古学, 国書, 神大, 和歌, 国史, 神人, 大事典, 名家 万葉緯, 逸風土記(風土記逸文)③ 史資料 明暦(1655-1658) 万治(1658-1661) 寛文(1661-1673) 延宝(1673-1681) 天和(1681-1684) 貞享(1684-1688) 元禄(1688-1704) 宝永(1704-1711) 正徳(1711-1716) 享保(1716-1736)

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