テキスト内容 | 温泉の意。「温湯」は、「伊予の湯」(1-6、8、2-90)、「紀伊の湯」(1-7)、「熟田津の石湯」(1-8)等、代々の天皇が行幸されたところとして万葉集に登場する。「敷きいます 国のことごと 湯はしも さはにあれども」(3-322)と、国讃めの択一発想の常套表現を用いて讃美されるこれらの温湯には『和名抄』に「温泉、一云湯泉、由(ゆ)、百疾久病入此水、多愈矣」とあり、病を癒す療法の一つとされていた。斉明紀3年9月条に、「病を療(おさ)むる」ところとして「牟婁温湯(むろのゆ)」が挙げられ、有間皇子の言葉に「纔(ひただ)彼(そ)の地を観るのみに、病自づからに蠲消(のぞこ)りぬ」とあるような、転地療法も兼ねていたようである。事実、翌年の5月に孫の建王(たけるのみこ)を失った斉明天皇は10月に紀温湯へと行幸し、傷心を癒したのである。こうした温湯を伴う土地柄は、病を癒すという温湯本来の効能と合わせ、「遠き代に 神さび行かむ」(3-322)と詠われるように、神々しく、人智を越えたものとして考えられていた。また、「出づる湯の よにもたよらに 児ろが言はなくに」(14-3368)と詠われるように、温湯の湧き続ける様が絶えることのない二人の仲を譬喩的に表現する。 |
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