みかのはら

大分類万葉神事語辞典
分野分類 CB文学
文化財分類 CB学術データベース
資料形式 CBテキストデータベース
+項目名みかのはら;三香の原
+表記三香の原
TitleMikanohara
テキスト内容京都府相楽郡瓶原。聖武天皇740(天平12)年から4年間、恭仁京が置かれた。「久邇の新しき京を讃めたる歌」に「三日の原布当の野辺を清みこそ大宮所定めけらしも」(6-1051)と見え、また同じく「わご大君 神の命の 高知らす 布当の宮は 百樹なす 山は木高し」(6-1053)とも詠まれている。山川清浄の地は、神なる天皇が都を置く処だとされた。天平12年は九州で藤原広嗣が反乱を起こし、天皇は急遽東国巡行へと出発し、平城京へは戻らず恭仁京へと遷都した。その恭仁京も荒廃し「三香の原 久邇の都は 山高く 川の瀬清し 住みよしと 人は言へども 在りよしと われは思へど 古りにし 里にしあれば 国みれど 人も通はず 里みれば 家も荒れたり」(6-1059)という嘆きの歌が残されている。
+執筆者辰巳正明
コンテンツ権利区分CC BY-NC
資料ID32320
-68884402009/07/06hoshino.seiji00DSG000710みかのはら;三香の原Mikanohara京都府相楽郡瓶原。聖武天皇740(天平12)年から4年間、恭仁京が置かれた。「久邇の新しき京を讃めたる歌」に「三日の原布当の野辺を清みこそ大宮所定めけらしも」(6-1051)と見え、また同じく「わご大君 神の命の 高知らす 布当の宮は 百樹なす 山は木高し」(6-1053)とも詠まれている。山川清浄の地は、神なる天皇が都を置く処だとされた。天平12年は九州で藤原広嗣が反乱を起こし、天皇は急遽東国巡行へと出発し、平城京へは戻らず恭仁京へと遷都した。その恭仁京も荒廃し「三香の原 久邇の都は 山高く 川の瀬清し 住みよしと 人は言へども 在りよしと われは思へど 古りにし 里にしあれば 国みれど 人も通はず 里みれば 家も荒れたり」(6-1059)という嘆きの歌が残されている。711みかのはら三香の原辰巳正明み1

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