ふわ

大分類万葉神事語辞典
分野分類 CB文学
文化財分類 CB学術データベース
資料形式 CBテキストデータベース
+項目名ふわ;ふは;不破
+項目名(旧かな)ふは
+表記不破
TitleFuwa
テキスト内容古代三関の一。美濃国不破郡不破。不破の関のあった地。郡名にも呼ばれているから、かなり広い地域である。東は垂井辺までをさしたと考えられる。今の不破郡よりは狭い。今、関の跡と伝える地は、鈴鹿・大阪の他の2関に比べると、ほとんど平野と言ってもよいのであるが、全体が峡谷地で、北野伊吹連山、南の南宮山の尾とで囲まれているので、要害の地であった為に、近畿の入口、その西端不破山に関を置いたのである。関の跡は今の大木戸阪の地だと伝えて、近江との国境に近い中山道の今須峠の傍にあるが、多少の相違はあるかもしれない。或はこの大関に対して、小関と呼ばれる長岡道が、或は古関の義を示しているかと考えられる。関ヶ原の地は、ほぼ昔の和射見の地と思われる。壬申の乱において天武天皇がこの和射見の宮に天降りしたと伝えられ(2-199)この地は、神の領土と考えられた可能性がある。天武天皇の行宮は、この地にあった。
+執筆者加藤紗弥香
+参考文献
-68847402009/07/06hoshino.seiji00DSG000673ふわ;ふは;不破Fuwa古代三関の一。美濃国不破郡不破。不破の関のあった地。郡名にも呼ばれているから、かなり広い地域である。東は垂井辺までをさしたと考えられる。今の不破郡よりは狭い。今、関の跡と伝える地は、鈴鹿・大阪の他の2関に比べると、ほとんど平野と言ってもよいのであるが、全体が峡谷地で、北野伊吹連山、南の南宮山の尾とで囲まれているので、要害の地であった為に、近畿の入口、その西端不破山に関を置いたのである。関の跡は今の大木戸阪の地だと伝えて、近江との国境に近い中山道の今須峠の傍にあるが、多少の相違はあるかもしれない。或はこの大関に対して、小関と呼ばれる長岡道が、或は古関の義を示しているかと考えられる。関ヶ原の地は、ほぼ昔の和射見の地と思われる。壬申の乱において天武天皇がこの和射見の宮に天降りしたと伝えられ(2-199)この地は、神の領土と考えられた可能性がある。天武天皇の行宮は、この地にあった。674ふわふは不破加藤紗弥香ふ1

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